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富士急行

撮影:河口湖駅(1981.8.23)

富士山麓電気鉄道(山梨県)は、中央本線大月から富士山麓・富士五湖に至る地方私鉄で、1960(昭和35)年に社名を富士急行と改称しました。観光輸送とともに自社で観光開発を手掛け、富士急ハイランドやゴルフコース、別荘分譲など沿線に自社の観光施設が多数あります。
戦前から国鉄中央線からの直通運転がありましたが、車両面でも国鉄との関係性はあり、譲受車も数多く見られました。
2021(令和3)年に鉄道事業を分社し、昔の富士山麓電気鉄道の名前に戻りました。

富士山麓電気鉄道(→富士急行)
富士山麓電気鉄道

1929年に大月〜富士吉田間が開業し、終戦後の1950年に河口湖まで延伸されました。
戦前から国鉄中央線からの乗り入れ列車が設定されており、時代とともに急行列車や特急列車も乗り入れるようになりました。
路線名は、大月〜富士吉田間が大月線、富士吉田〜河口湖間が河口湖線とのことですが総称して富士急行線と呼ばれます。2021年に富士山麓電気鉄道に分社されてからも富士急行線という路線名は変わりません。

1970年代の富士急行(7000系)
富士急行

撮影:田野倉−禾生(1977.10.2)

富士急行では、早くから国鉄からの直通運転をしていた関係もあり、戦前から車両譲渡を受けています。写真は1970年を意味してか7000系という番号が当てられた元17m国電。
この後はしばらく小田急や京王からの譲受車となりますが、2000年代に入り、JR東日本の165系(パノラマエクスプレス)、205系、JR東海の371系を譲受しています。

1970年代の富士急行(5000系)
富士急行

撮影:河口湖〜ハイランド(1977.10.2)

国鉄車両との共通性が深い新造車の一例。
富士急行が1975年に創立50周年を記念して新造した5000系は、国鉄115系との共通設計が随所に見て取れます。
私が乗車した時、窓際の吸殻入れが「JNR」マークをドリルで削ったように抹消してあるのを見て、「そこまで流用か」と驚いた覚えがあります。

国鉄からの乗り入れ列車
富士急行

画像:所蔵写真(富士吉田駅 1961.7.9)

国鉄中央線からの乗り入れは戦前の1938年に開始されています。夏期の富士登山客の輸送が目的で、新宿からの客車列車は社線内では電車が牽引しました。戦後の1949年からは電車の乗り入れが開始され、モハ41形や80系から始まり、中央線配属の70系がそれを引き継ぎました。
写真は行楽客を乗せたまま富士吉田駅でスイッチバックする70系。後方の車庫にはサハ200形も見えます。

目次

富士急行

車両一覧

表6-54 富士急行 譲受車概要
カテゴリ 譲受前形式 竣工年 竣工時
系列・形式
改造・改番 改造・改番
1.戦前 サハ19形 1941年 ハニ253・254号 クハニ804・805号 クハ3661・3662号
4.終戦後 サハ19形 1949年 ハニ255号
4.終戦後 モヤ4・モハ10形 1949・50年 モハ20形 モハ600形 (岳南モハ1102号)
5.買収国電 (青梅)
モハ103号
1949年 ロハ300号 ロハ901号 流山クハ53号
5.買収国電 (青梅)
クハ703号
1950年 モハ22号 モハ603号 モハ3604
→3605号
7.昭40年代 クモハ14形ほか 1970・71年 7000系
8.機器流用 1953年 モハ509号 モハ3603号

生い立ち

  • 1926(大正15)年 富士山麓電気鉄道設立
  • 1927(昭和2)年 富士電軌(大月−富士吉田間762mm軌道)を吸収合併
  • 1929(昭和4)年 大月−富士吉田間1067mm軌間で開通
  • 1938(昭和13)年 国鉄からの直通運転(客車列車)開始
  • 1950(昭和25)年 富士吉田−河口湖間開通
  • 1960(昭和35)年 富士急行と改称
  • 2011(平成23)年 富士吉田駅を富士山駅と改称
  • 2021(令和3)年 鉄道事業を分社、富士山麓電気鉄道設立
主な参考文献
  1. P6101-1 益井茂夫(1961)「富士急行」(鉄道ピクトリアルNo.114)
  2. C6841 井上幹治ほか(1968)「富士急行」(鉄道ピクトリアルNo.207〜209)
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“ゲタ電”の頃