富士急行(昭和40年代の譲渡車)
富士急行では、1969年に17m国電4両を譲受、1971年には追加で2両を譲受しています。最初の4両のうち電動車2両は飯田線で使用されていたクモハ14形で、私鉄譲渡車には珍しい2扉クロスシート車です。観光路線としてオリジナル車にも2扉車が多いことからの選択と思われます。編成を組む制御車は3扉クロスシート車ですが、国電時代にも多かった組合せなので違和感はありません。
導入が1970年代を控えていたためか、7000系という形式が与えられました。
モハ7030形
富士急行 モハ7030形(7031号)
撮影:大月駅(1980.8.29)
画像:所蔵写真(河口湖駅 1975.6.1)
飯田線で使用されていたクモハ14のうち、前面が直線雨樋のままの原形に近い車両がモハ7031号となりました。上部ワイパーや窓下通風器など国鉄時代の改造による窓枠の変形はそのままで使用されています。側窓は戸袋も含めてアルミサッシ化されています。
富士急行 モハ7030形(7032号)
撮影:大月駅(1980.8.29)
撮影:河口湖駅(1981.8.23)
モハ7032号は国鉄時代の更新修繕が遅かったため、前面窓がHゴム支持で曲線雨樋になっています。このスタイルも飯田線には多く見られました。
モハ32の生き残りとして貴重な存在でしたが、1982年には廃車となってしまいました。
富士急行 モハ7030形(7033号)
画像:所蔵写真(河口湖駅 1975.4.20)
撮影:河口湖駅(1977.10.2)
1971年に事故車3100系の廃車補充として、クモハ12050を譲受したもの。元は両運転台ですが、富士急行では片運転台車として使用。
1977年に撮影した時は、後位の運転台は撤去され、乗務員扉は埋められて窓が増設されていました。
クハ7060形
富士急行 クハ7060形(7061号)
画像:所蔵写真(河口湖駅 1975.6.1)
撮影:大月駅(1979.3.30)
クハ16400番代を譲受したもので、元クモハ14と編成を組みます。こちらは飯田線ではなく、東京で使用されていた車両。
やはり原形を大きく変えないまま使用され、側窓のアルミサッシ化も元の窓枠のままなので、違和感はありません。助士席側前面窓の上段は上にずれたようで、多少顔つきが変わっています。
富士急行 クハ7060形(7061号)
撮影:大月駅(1980.8.29)
1980年に撮影した時に、雨樋がそれまでの木製から細身の鋼製に変わっていました。
富士急行 クハ7060形(7062号)
撮影:大月駅(1980.8.29)
クハ16400番代のもう1両で、7061号と同型車ながら、客用扉が2枚窓です。旧型国電に見られるこういう細かな違いがそのまま残されているところが、富士急行7000系の魅力でした。
富士急行 クハ7060形(7063号)
画像:所蔵写真(河口湖駅 1974.6.23)
撮影:大月駅(1979.3.30)
1971年増備の第3編成の制御車で、電動車ともに31系なので編成は整っています。
整備前
元国鉄クハ16425
画像:所蔵写真(大月駅 1969.7.21)
国鉄から富士急行に譲渡され、留置中の珍しい写真。
この後、富士急行のクハ7061になる車両です。
表6-54-7 富士急行(昭和40年代の譲渡車)詳細
主な参考文献
- Y7501 「世界の鉄道'76」朝日新聞社