運転関係(粘着運転)

アプト式時代にも碓氷峠を越えるには補機をたくさんつなげて運転していましたが、粘着運転でもそれは同じです。基本的には麓側(横川側)にEF63形電気機関車2両を連結し、上り勾配は押し上げ、下り勾配はブレーキ役になります。
客車・貨車の場合は牽引機のEF62形電気機関車との協調運転ですが、電車の場合は無動力でEF63の力に頼ることになります。しかし、これでは編成両数を増やせないため、電車の協調運転も始まりました。

客車・貨車

軽井沢方向
碓氷峠

客車列車、貨物列車は、横川までEF62形電気機関車が牽引してきますが、横川で後部にEF63形電気機関車2両が連結されます。
無線通信により、最前部のEF62が牽引し、後部のEF63×2両が押し上げるプッシュプル運転を行います。

客車列車
横軽対策

画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)

EF62を先頭に、軽井沢に向けて勾配を登る客車列車。最後部からはEF63×2両が押し上げます。
EF62の次位に軽量客車2両が見えますが、列車重量の軽減にも配慮されていたものと思われます。

横川方向
碓氷峠

勾配を下るときは、軽井沢まで牽引してきたEF62の前に、EF63が2両連結されます。
最前部のEF63から電気機関車3両の総括制御を行い、抑速ブレーキにより低速に保った運転を行います。
EF62の機関士はこの区間では運転操作は行いません。

貨物列車
横軽対策

画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)

こちらは勾配を下る貨物列車。EF63×2両の後ろにEF62がつく3重連ですが、牽引するというよりブレーキ役になるというのが機関車の役目です。
貨物の制限重量は400tです。
EF62の次位に連結されている車掌車は1段リンクのヨ3500形です。

電車

軽井沢方向
碓氷峠

電車は、横川で後部にEF63×2両が連結されます。
電車は無動力となります。電車の運転士は、信号現示と進路の確認をし、最後部のEF63の機関士が運転を行います。
なお、電車の最大両数は8両(80系は7両)、気動車は7両に制限されます。

80系
横軽対策

画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)

勾配を登る80系の6両編成をEF63×2両が押し上げます。
右端の勾配票には66(パーミル)の数字が見えます。

横川方向
碓氷峠

勾配を下るときは、軽井沢で前部にEF63が2両連結されます。
電車は無動力となり、電車の運転士は運転操作は行いません。最前部のEF63の機関士が運転操作を行い、抑速ブレーキにより低速に保った運転を行います。

電車(協調運転)

軽井沢方向
碓氷峠

協調運転可能な電車は、EF63形電気機関車と総括制御を行い、力行します。
電車の運転士は、マスター・コントローラーとブレーキ操作はせず、進行方向の確認のみをします。最後部のEF63の機関士が運転操作を行います。
協調運転の場合の電車は最大12両です。これは、電車4両分のパワーを電車側が分担するという考え方です。

169系
横軽対策

画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)

勾配を登る169系の急行列車を協調運転でEF63×2両が押し上げます。
この時、EF63の機関士は、勾配下側の運転台で後方向を見ながら運転しています。
なお、粘着運転の開始に伴い、信越本線では重い電動車を麓側に連結するよう、電車の向きを入れ替えており、写真でEF63と連結しているのはクモハ169です。

横川方向
碓氷峠

勾配を下るときは、軽井沢で前部にEF63が2両連結されます。
電車の運転士は運転操作は行いません。最前部のEF63の機関士が運転操作を行い、抑速発電ブレーキにより低速に保った運転を行います。電車も抑速発電ブレーキにより減速します。

489系
横軽対策

画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)

勾配を下る489系12両編成の特急「あさま」を牽引するEF63×2両。

主な参考文献
  • P8406-1 沢柳健一(1984)「碓氷峠(横軽間)のうつりかわり」(鉄道ピクトリアルNo.433)
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“ゲタ電”の頃