車両関係(横軽対策)
碓氷峠で粘着運転を行う車両には「横軽対策」が施されます。旧型国電で対象となった営業用車両は80系のみです。
ここでは、参考までに新性能電車などについても記載します。
横軽対策車両
80系
画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)
碓氷峠でEF63との連結運転を行うためには、ブレーキ動作時などに大きな力が加わり、連結器の破損、列車の座屈による台車の分離、浮き上がり脱線等を予防するため、いくつかの改造が必要になります。
① 車体の補強
② 車掌用非常ブレーキの絞り変更
③ 連結器の緩衝器強化など座屈対応工事
④ 空気バネ台車のパンク機能追加による心ザラ脱出防止(80系はコイルばねのため対象外)
(文献P6808-1、P8406-1による)
●マーク
撮影:坂城駅(2026.5.16)
横軽対策を施した車両には、形式の頭に●マークが付いています。
これは動力の有無に関係なく、編成中の全車両に付くことが必要になります。また、写真のような協調運転用の車両にも同じマークが付きます。
協調運転車両
EF63×2両による勾配の押し上げ、牽引(抑速)には、電車は8両までに制限されていました。しかし、上野から信越本線を経由して長野、新潟、北陸方面に至る輸送需要の増大は続き、他の路線同様に12両編成での運転を可能とする検討が重ねられました。その結果、電車にも力行、抑速発電ブレーキの作動により増結した4両分相当の荷重を電車で負担する方式が開発されました。
これが「協調運転」で、新性能電車3系列が製造されています。
169系
画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)
1967年に急行形の165系900番代が試作され、1968年に169系として量産が開始されました。
① 協調運転中の電車の状態を機関士に知らせる動作表示灯新設
② 軽井沢寄りのクハ169の運転室に抑圧弁を新設
③ 主制御器を協調運転に必要な変更を加えたCS15D型とする
④ 電車の直列弱め段を3段とするため、SRB8型接触器箱をクモハ床下に装備
⑤ 非常ブレーキを電車と機関車で同時に作動させるため、非常ブレーキ引き通し線2本を新設した
⑥ 協調運転はKE70-12型55心のジャンパ連結器を列車間に引き通すことによってのみ成立する
(文献P8406-1による)
489系
画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)
交直両用の特急形485系に協調運転機能を追加した系列で、1972年に登場しました。487系を飛び越して489系となったのは、169系と末尾を合わせることで、協調運転用であることを分かりやすくしたものと思われます。
東京と北陸を結ぶ特急「白山」を12両編成で運転するために新造されたため、北陸本線に直通できる交直両用となったのです。
1次形は写真のようなボンネット形でしたが、前面貫通形の200番代やさらにそれを非貫通にした300番代も製造されています。
189系
画像:所蔵写真(横川−軽井沢 1977.8.7)
1975年に登場した直流の特急形は、上越線「とき」に使用されていた183系1000番代に協調運転機能を追加した189系で、「あさま」「そよかぜ」に使用されます。やはり185系、187系を飛び越して189系となり、末尾を9に合わせました。
碓氷峠の粘着運転に関わるその他の車両
EF62
撮影:鶴見−川崎(1985.4.3)
碓氷峠の粘着運転に伴う信越本線の客車・貨車の牽引機として開発された電気機関車で、勾配用の強力型であることはもちろん、初めて3軸ボギー台車を採用したC-C軸配置とし、前面は従来の傾斜スタイルを踏襲しながら貫通扉付となっています。
EF62は上野〜長野間で牽引機となり、碓氷峠での軽井沢向き上り勾配ではそのまま編成の先頭に立ち、横川向き下り勾配ではEF63とともに3重連で列車の重量を支えます。
1980年代に入り、客車列車の電車化や貨物列車の廃止で職を失いましたが、強力性能を買われて東海道本線に転用された時の写真です。
EF63
撮影:碓氷峠鉄道文化むら(2025.6.22)
碓氷峠鉄道文化むらで保存されているEF63です。現役時代と同様に、二重連が再現されています。左端は特急「あさま」色の189系です。
EF63の運転はすべて麓側の第1運転台で行われます。
協調運転の開始に伴い、EF63から出た指令が全編成を引き通し、再びEF63に戻ってくる回路が新設されました。協調関係引き通しの接続完了は、新設された協調表示灯により分かるようになっています。
クモユ143
撮影:横川駅(1984.3.23)
80系に代わってこの区間の普通列車に投入されたのは115系1000番代ですが、これと併結する郵便車、荷物車も同様に横軽対策が施されています。
写真は、横川駅で列車の最後尾に補機のEF63を連結する長野行の普通列車。電車の最後尾はクモユ143です。
185系200番代
撮影:鶴見−川崎(1985.4.3)
1982年の東北・上越新幹線開業に伴い上野〜大宮間「新幹線リレー号」用に新造された185系200番代は、信越本線への運行も考慮され、横軽対策が施されていました。80系と同様に、碓氷峠でのEF63の推進・牽引運転では7両までが限度となっています。
写真は新幹線の上野開業により、本来の信越筋ではなく、東海道線に転用され特急「踊り子」に活躍する185系200番代。
ヨ3500
撮影:寄居駅(1977.8.9)
碓氷峠で使用される車掌車は1段リンクのヨ3500に限定され、区別のために妻面の両側の柱を白く塗っていました。
ヨ3500の多くは高速化のため2段リンク化でヨ5000へと改造されていましたが、勾配終了時の浮き上がりを防ぐためには、2段リンクより1段リンクが適していることから、残されていたヨ3500が活用されました。
主な参考文献
- P6808-1 真宅正博(1968)「信越線横川−軽井沢間の電気機関車と電車の協調運転」(鉄道ピクトリアルNo.213)
- P8406-1 沢柳健一(1984)「碓氷峠(横軽間)のうつりかわり」(鉄道ピクトリアルNo.433)