中京地区の路線

中央西線 (1966-1980)

中央本線は東京から塩尻を経て名古屋に至る幹線ですが、塩尻を境に東京方面が中央東線、名古屋方面が中央西線と称されます。中央西線は1911(明治44)年に全通し、篠ノ井線松本、長野方面への直通運転を開始しました。塩尻駅で進行方向を変えますが、直進方向の中央東線に直通する列車はありません。
1966〜73年に間に名古屋方面から順次電化され、80系、70系、72系の戦後型の旧型国電が投入されました。1980年に80系の運行終了により、旧型国電の運行を終えました。
路線
1966(昭和41)年 多治見電化 1968(昭和43)年 中津川電化
中央西線

1966(昭和41)年5月に名古屋〜多治見間電化、同年7月に瑞浪まで電化され、大垣電車区に配置された70系電車の運転が始まります。
1968(昭和43)年8月には中津川まで電化区間が延伸され、中央西線の電車用に神領電車区が開設されます。
1972(昭和47)年には主に名古屋〜瑞浪間の多客区間に72系が投入されました。
72系は1977年まで、70系は1978年まで活躍しました。

1973(昭和48)年 全線電化
中央西線

1973(昭和48)年5月に中津川〜塩尻間が電化され、中央本線の全線の電化が完成。ほぼ同時に全線電化された篠ノ井線と合わせて、中央西線の中津川以北には80系が導入されます。
名古屋〜中津川間を中心に運用される70系も、一部は南木曽まで乗り入れました。
80系は1980年まで活躍しました。

車両
70系
中央西線

画像:所蔵写真(名古屋駅 1966.7.1)

1966年7月の名古屋〜瑞浪間の電化時に70系の運行が始まりました。当初は東海道線の大垣電車区に配属されていましたが、1968年の中津川電化時に神領電車区が開設され、そちらに移動しました。最終的には、低屋根車が必要ない南木曽までが運行区間となっていましたが、113系の投入により、1978年までに運行を終了しました。

72系
中央西線

画像:所蔵写真(大曽根〜新守山間 1978.12)

1972年には、4扉車の72系がスカ色になって配置され、名古屋〜瑞浪間を中心に、一部が釜戸まで運行されています。
1952年以降の量産型72系を中心に構成され、アルミサッシ化などのアコモデーション改造も行われており、関東や関西では見られない編成美を誇りました。
103系の転入により、1977年に運行を終了しました。

80系
中央西線

撮影:松本駅(1979.8.12)

1973年の中津川以北の電化では、80系が投入され、主に中津川〜松本間で、一部が名古屋や長野まで運行されました。1980年に運行を終了しています。

主な参考文献
  • F7011-3 安東紘光ほか(1970)「“省線電車”の走るところ(13)」(鉄道ファンNo.114)
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“ゲタ電”の頃