中京地区の路線

東海道本線(豊橋〜米原) (1955-1978)

東京から神戸を結ぶ東海道本線は、日本で初めての鉄道として1872(明治5)年に新橋〜横浜間で開通した鉄道線を起源としています。
名古屋地区の電化は1955(昭和30)年7月で、豊橋〜米原間が電化されました。


路線
1955(昭和30)年 電化
東海道本線

1955(昭和30)年7月に豊橋〜米原間が電化され、豊橋〜大垣間の80系による電車運転が開始されました。同時に大垣〜垂井〜関ヶ原間の通称「垂井線」が戦前形電車による区間運転を開始しました。
1956(昭和31)年11月に米原〜京都間が電化され、東海道線の全線電化が完成し、全線を通じて80系が運行されます。翌1957年10月からは、東京〜名古屋・大垣間の準急「東海」と、名古屋〜大阪間の準急「比叡」が80系により運行開始となりました。(1959年に153系への置き換えで準急運転は終了)
なお、中央西線の70系による豊橋〜名古屋〜米原間での間合い運用も存在しました。
また、大垣〜美濃赤坂間の通称「美濃赤坂線」は1958(昭和33)年10月に電化され、垂井線と共通の戦前型による小運転を開始しています。

車両
80系
東海道本線

画像:所蔵写真(1955)

1955年の電化に伴い、80系が新車で投入されました。この時の新車は、前面窓がHゴム支持になっているものの、初期の緑色が多い塗り分け線のままです。
写真は近畿車輌で落成したクハ86075ほか5両編成の試運転。

戦前型国電
垂井支線

画像:所蔵写真(大垣駅)

1955年の電化と同時に、垂井支線に戦前型国電が投入され、1958年に電化された美濃赤坂線にも共通使用されます。
中部地方では静岡県も含めてスカ色の旧型国電が多いのですが、この路線に限ってはスカイブルーに塗装されました。
写真はクモハ60076+クモハ60069の2両編成。

(新性能化後)153系
東海道本線

撮影:豊橋駅(1978.3.26)

急行形153系も111・113系とともに東海道、山陽線各区間で80系を置き換えて行きます。
写真は名古屋地区の快速列車で、名古屋近郊の速達輸送を目的に、豊橋〜大垣間を快速運転します。

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“ゲタ電”の頃