車両関係(交流・交直両用)

交流電化区間を走行するには、交流専用車または交直両用車が必要になります。機関車、電車ともに1950年代後半から試作車が登場し、1960年代に量産車が登場します。
旧型国電は初期の試作車及び1970年代までの事業用車に限られますが、形式は新性能電車と同じ3桁形式が与えられています。

交流車両のしくみ

交流車両は20kVの交流を架線から給電を受けて、電動機に伝えます。車両側のしくみとしては、
① 直接式・・・ED44で試作
② 間接式・・・ED45で試作
の2種類が試され、結果的に間接式が量産されることとなりました。
(文献F9704-1)

直接式
直接式交流車両

構造的に最も簡単であると思われた方式が「直接式」です。
直接式は、20kVの電圧を車両に搭載した変圧器で降圧し、交流整流子電動機を駆動する方式です。

間接式
間接式交流車両

間接式は、変圧器で降圧するとろこまでは直接式と同じですが、これを水銀整流器で直流に変換し、直流電動機を駆動する方式です。
結果的には、この方式が国鉄での量産車に採用されました。

交流電化用の試作車両

交流電気機関車
ED44
ED441

画像:作並機関区(1955)(文献H6301)

1955年の仙山線交流電化に合わせて試作された交流機関車第1号で日立製作所製。交流電動機(単相交流整流子電動機)を搭載する「直接式」を採用しています。
直接式は構造が簡単で保守的に優位性がありますが、ブラシが多く、勾配起動性能が間接式と比べて劣るため、量産には至りませんでした。
(後にED90と改称)

ED45
ED451

画像:(仙台駅 1961.5)(文献Y6201)

同じく1955年に試作された交流電気機関車の第2号で、三菱電機製。水銀整流器を搭載して直流電動機に伝える「間接式」(整流器式とも呼ばれる)を採用しています。
構造が複雑ですが、試験の結果予想外の高粘着性能を発揮し、交流車両の標準機構に近づきました。水冷式イグナイトロン8本を搭載していましたが、1959年にシリコン整流器に置き換えられています。
(後にED91と改称)

交流電車
クモヤ790
クモヤ790-11

画像:所蔵写真(茨木駅 1959.6.5)

1959年にクモハ11の改造により誕生した50Hz用交流試作車がクモヤ790です。地方線用の簡易構造で、130kWクラスの主電動機1台という小出力車両でもあります。
日立製作所製の電気品を使用したクモヤ790-1は、動力伝達装置として液体変速機を用いた「液体変速機式簡易交流電車」で、20kVの単相交流を400Vに降圧後、接触器を介して主電動機および起動電動機に伝えます。
三菱電機製の電気品を使用したクモヤ790-11(写真)は、遊星歯車装置を液体継手を用いた試作車です。液体継手は変速などのショック緩和用です。

クモヤ791
クモヤ791‐1

画像:所蔵写真(南福岡電車区 1973.10.7)

1959年に60Hz用の「直接式」交流電車として試作された車両で、初期の交流試験車の中では唯一の完全新製車。東芝製の電気機器を使用した川崎車輌製。交流整流子電動機を用い、他の水銀整流子式の試作車との比較を行う使命がありました。台車には試験のために種々の主電動機を取り付けられる構造になっています。
外観は東海形153系に準じたスタイルで、4枚折戸、前面中央に前照灯がある両運転台車両です。
北陸本線敦賀−長浜間で性能試験の後、1962年に南福岡電車区に転属しました。直接式は量産にはつながらず、入換用として余生を送ることになりました。

交直両用電車
クハ5900(→クヤ490)
クハ5900

画像:(1958)(文献H6301)

仙山線は仙台〜作並間が交流電化、作並〜山寺間が直流電化であったため、両区間を直通運転できる交直両用電車として試作された改造車です。
電気機器は三菱電機と日立製作所の2社がそれぞれ2両編成を1本ずつ担当しました。写真は三菱電機製の第1編成。
いずれも間接式(水銀整流器式)で、三菱はイグナイトロン整流器、日立はエキサイトロン整流器と呼ばれます。結線方式は三菱がタンク4本を用いたグレーツ結線、日立がタンク2本の全波整流結線でした。1959年には新たに標準化されたシリコン整流器方式に改造されました。
写真のクハは伊那電気鉄道買収車の改造で、交流装置の主なものを搭載した電源車、クモハはクモハ73で電源車より電力を受ける電動車です。

493系
クモヤ492

画像:所蔵写真(大宮駅 1965.3.18)

交流の試作車としては最後になる車両で、50Hz、60Hz共用で且つ直流区間にも直通可能な3電方式の試作車です。クモハ51を改造しました。
この時期、シリコン整流器が急速に発達しており、これを用いた「間接式」車両を交流電車の標準型とすべく、日立製作所製の電気機器を用いて作られました。
写真は架線試験車に改造後。

量産された交流・交直両用電車

近郊形(401系)
クハ401-3

画像:所蔵写真(鉄道技術研究所 1960-10-20)

上記の各種試作車による試験運転の結果、シリコン整流器により直流電動機を稼働させる「間接式」(整流器式)が量産されることになりました。
1960年に常磐線用の401系(50Hz用)と鹿児島本線用の421系(60Hz用)が製造されました。いずれも直流区間への乗り入れがあるため、交直両用となっています。
塗装は交直両用の標準カラーであるローズ(赤13号)にクリーム色4号の警戒色が入ります。50Hz用は前面のおでこに、60Hz用は側面の裾にクリーム色のラインが入りますが、これは後になくなりました。

急行形(451系)
クハ451

撮影:南仙台−名取(1987.3.25)

交直両用の急行形は1962年に常磐線用の451系(50Hz用)と北陸本線用の471系(60Hz用)が製造されます。その後、装備の違いで複数の系列が誕生します。各路線とも直流区間への直通運転があることや、広域的な運用を見越して、すべて交直両用で新造されました。
塗装は401系と同じ使用色で、ツートンカラーになています。60Hz用は側面の裾にクリーム色のラインが入りますが、やはり後になくなりました。

特急形(481系)
クハ481

撮影:新松戸駅(1985.3.30)

1964年から特急形も登場します。最初は北陸線電化用だったため60Hz用の481系で、続いて東北本線の50Hz用の483系が加わります。
国鉄の特急形は、電車、気動車とも同じカラーなので、交直両用を示す“ヒゲ”がボンネット部分に入りますが、国鉄末期に消された車両もあります。また、60Hz用はスカートを赤くして、50Hz用と区別しています。
もっとも、電動車以外は周波数の区別はなく、写真の車両は北陸から50Hzの常磐線に転用されました。

特急形(485系)
クハ481

撮影:見附−帯織(1985.3.4)

1968年から特急形の新造は50Hz、60Hz共用の485系に変わります。国鉄ならではの広域運用や車両配転にも対応可能な効率的な車両で、その後の急行形(457系)や近郊形(415系)にも拡大されます。
写真は北海道向けに新造されたものの本州に戻ってきた485系1500番代。特急「白鳥」に使用されており、大阪〜青森間を走る間に、直流、60Hz交流、直流、50Hz交流と複数電圧をまたぎます。これぞこの車両の本領発揮という使用法です。

交流専用車(713系)
713系

撮影:現川−肥前古賀(1987.3.6)

広域に事業展開する国鉄での効率性を鑑み、北海道以外ではすべて交直両用電車が新造されてきましたが、1983年に長崎線用に交流電車の713系が誕生しました。運用上直流区間への乗り入れはないため、高価な直流切替装置をなくし、かつローカル路線での短編成も実現しました。
交流回生ブレーキを採用した意欲的な車両ですが、8両のみに終わりました。

主な参考文献
  • B5801 「鉄道辞典(上巻・下巻)」(1958)日本国有鉄道
  • Y6201 「世界の鉄道'63」朝日新聞社
  • H6301 「最近10年の国鉄車両」(1963)
  • F9704-1 手塚一之(1997)「交流電化開業40年」(鉄道ファンNo.432)
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“ゲタ電”の頃