二軸車(ニデ950形、デ960形、デ963形)

甲武鉄道から引き継いだ28両と鉄道院で新造した4両の電動車は、ニデ950形(合造車・片運転台)、デ960形(片運転台)、デ963形(両運転台)の3形式があります。
甲武鉄道時代を含めて、後位運転台の有無や電装の有無などには諸説あります。

ニデ950形+デ960形
甲武鉄道 ハ×2両編成
甲武鉄道

画像:絵葉書より拡大(四ツ谷駅 1904〜1906年)

絵葉書のタイトルに「甲武鉄道の電車」とあり、ポールの取付台が連結面側にないため、甲武鉄道で2両連結運転を行っていた車両。の2両なのか、ハ+ロハなのかは不明。
国鉄買収後の2両編成の写真では、一時期の両運転台化でポール取付台が両側にあったり、旧ロハがニデ改造により荷物扉がついていたりしますが、この写真にはそれらがないので、買収前だと分かります。
(注1)

デ960形(960〜962号)+ニデ950形(950〜952号)
デ960形+ニデ950形

画像:絵葉書より拡大(新橋−有楽町間 1910年頃)

先頭(左)は片運転台のデ960形、後ろは合造車のニデ950形です。
ニデ950形は、後ろのデッキから窓一つ置いて荷物ドアがあるのが見えます。また両方とも連結面側にもポール取付台がありますので、買収後に両運転台化された時期があったことが分かります。
この区間が開通したのが1910(明治43)年なので、その時期の撮影。

ニデ950形(950〜952号)+客車+デ960形(960〜962号)
デ960形+客車+ニデ950形

画像:絵葉書(呉服橋 1910〜1914年)

先頭(左)は合造車のニデ950形、中間は客車改造の付随車、右は片運転台のデ960形です。
やはり連結面側にもポール取付台の跡があることから、両運転台の時期があったことが分かります。
(この写真は、デ989形のページと重複掲載)

デ963形
甲武鉄道 ハ
甲武鉄道

画像:絵葉書より拡大(四ツ谷付近 1906年)

前面窓が5分割されている甲武鉄道初期ロットの車両と思われる写真。この5枚窓は、ポール操作に支障があるため、1906年製からは3枚窓になり、初期車も国鉄買収までに3枚窓に改造されたそうです。(文献B0601-1)
単行運転していますので、初期車ハ1・3・6〜13が両運転台化された1906年の撮影だと思われます。

デ963形(963〜984号)
デ963形

画像:絵葉書(水道橋−御茶ノ水間 1906年頃)

「甲武線電車」という絵葉書ですが、甲武時代か国鉄時代かは不明。側面左端に番号がありますので、甲武鉄道時代の車番だった時期。
1909(明治42)年には重連運転が常態となったとのことなので、それまでの撮影。

デ963形+デ963形
デ963形+デ963形

画像:絵葉書より拡大(新橋−有楽町間 1912年)

電動車の2両編成で荷物扉がないので、デ963形の2両編成と思われます。2両とも連結面側のポールがないので、1912(明治45)年に片運転台に改造された後の撮影。手彩色で窓下に赤帯が付けられていますが、これはこの時期にはなかったはずです。

表1-1-2 二軸車一覧(新造車)
表1-1-2
主な参考文献
  • C5511 寺田貞夫(1955)「木造国電略史(1)(2)」(鉄道ピクトリアル)
  • B5901 新出茂雄ほか(1959)「国鉄電車発達史」電気車研究会
  • P8408-2 高松吉太郎(1984)「甲武鉄道電車運転開始〜甲武電車回想」(鉄道ピクトリアルNo.435)
  • B0601 沢柳健一ほか(2006)「旧型国電車両台帳 院電編」
  • B0601-1 寺田貞夫(2006)「甲武・国有四輪電車について」
(注1)
二軸車の連結運転の詳細は、文献により異なり、時期的な相違は明らかでない。(文献B0601-1でもそう記載) ただし、本稿では下記のような流れを元に記載している。
(1)甲武鉄道では、電動車2両を前後に付随車1両を中間にする3両編成を5本使用すると「電気の友162号(1906年1月号)」に記載がある。(文献B8408-2)
  そして、連結運転を前提とした総括制御方式を採用した。(文献B0601-1)
(2)甲武鉄道時代から、「ロハ2・4・5」+「ハ2・4・5」は連結運転を前提とする片運転台であった。(文献B0601-1)
  また、ハ1〜13が当初片運転台で、増備車のハ17以降が両運転台になったという記述も見られる。(C5511)
(3)甲武鉄道の二軸車28両は、1906年の国鉄買収時には全車とも単車(両運転台)だった。(文献B8408-2)
  買収後に両運転台に統一されたという記述もある。(文献B5901のP25)
  いずれにせよ片運転台車だったニデ950形、デ960形の後位にもポール取付台がある点から、両運転台改造の事実は裏付けられる。
(4)1909年に6両を重連運転用の片運転台に再改造した。このうち3両は旧ロハで改造と同時に荷物合造車のニデとなった。(文献B5901のP25)
(5)1912年に12両が電装品をボギー車の新車に流用するため電装解除、片運転台化された。そのうち3両は合造車のニデ950形となった。(文献B5901のP26)
  また、電動車のまま片運転台化された車両は8両、片運転台制御車化は10両とも書かれている。(文献B0601-1)
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“ゲタ電”の頃