三井鉱山(戦災復旧車)

三井鉱山芦別鉄道では、地方鉄道としての開業を前に、戦災国電3両を譲受し、電車形式を持つ客車として使用します。その後、1957(昭和32)年に気動車の新製投入に合わせて、引き通し線を増設の上、気動車(付随車)となりました。その際、客車の形式に改称されています。

三井鉱山芦別鉄道 ナハニ1形(1号)
三井鉱山芦別鉄道

画像:所蔵写真(芦別 1959.8.22)

国鉄モハ31形の戦災車を日本鉄道自動車で切妻スタイルの客車に復旧したもの。モハ3600形という形式でありながら、サハ1〜3号の車号でした。さらに客車でありながら電車の形式でした。
1957年に気動車の中間車として使用するため引き通し線を新設し、ナハニ1形となりました。この時も、気動車でありながら客車の形式となっています。

三井芦別鉄道 ナハニ1形(1号)
ナハニ1

画像:所蔵写真(芦別 1963.4.5)

同じ1号ですが、中央扉がステップ付に改造されています。
書籍等の資料を見ると、3両ともほぼ同じスタイルのようです。
(注1)

表6-91-3 三井鉱山芦別鉄道(戦災国電の譲受車)詳細
表6-91-3
主な参考文献
  • P7402-4 吉川文夫(1974)「私鉄へ行った17m国電」(鉄道ピクトリアルNo.289)
  • R8201-2 小山憲三(1982)「国鉄旧モハ31系の省電たち」(レイル1982秋)
(注1)
文献R8201-2(小山憲三1982)によると、3号はモハ31104がタネ車となっているが、台枠がUF20であることから、1929〜30年度製モハ31(001〜069)であるとのこと。
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“ゲタ電”の頃