(鶴見臨港鉄道)クハ350形・モハ210形・クハ250形→クハ5500形
1938〜42年に新造された鶴見臨港鉄道の中期型というべき17m級3扉車で、最終的にクハ5500形となったグループ。元形式が異なっていたため、1953年の称号改正では3形式に分かれましたが、実質的に同じということで、1959年にクハ5500形に揃えられました。
クハ350形→クハ5531形→クハ5500形
クハ5530形(5531号)
画像:所蔵写真(岩瀬浜駅 1958.5.25)
1938年にモハ500形(→モハ330形)とペアで新造されたクハ600形。1940年にクハ350形に改称されました。1953年の称号改正では、番号順の付番でクハ5530形となりますが、1959年称号改正時に在籍した1両はクハ5500形に集約されました。
サモハ210形→クハ5500形
クハ5500形(5500号)
画像:所蔵写真(大井工場 1958.9.28)
画像:所蔵写真(大井工場 1958.9.28)
中期型の最終増備車は1942年で、モハ210形とクハ250形が3両ずつ新造されましたが、戦争による資材不足によりすべて無電装で運転台もない付随車として就役しました。従って記号の頭にサが付きます。
写真の車両は、このタイプで唯一飯田線に転じていた車両で、運転台を設けたものの、乗務員扉は片側のみの設置です。
1953年の称号改正では正式にクハの形式が与えられました。
クハ5500形(5500号)
画像:所蔵写真(伊那松島機関区 1957.11.23)
画像:所蔵写真(伊那松島機関区 1957.11.23)
上の車両の車内です。運転室は片隅で、右側側面には乗務員扉がないのが分かります。
クハ5500形(5501号)
画像:所蔵写真(岩瀬浜駅 1958.5.25)
画像:所蔵写真(岩瀬浜駅 1958.5.25)
富山港線に転じた車両は、運転台設置にあたり、左右に乗務員扉を設け、連結面には貫通扉も設けられたようです。屋根上の通風器はグローブ型ベンチレーターに更新されています。
サクハ250形→クハ5550形→クハ5500形
クハ5550形(5551号)
画像:所蔵写真(可部駅 1959.9.5)
クハ5550形(5550号)
画像:所蔵写真(横川電車区 1959.9.5)
モハ210形とペアで新造された1942年製がクハ250形ですが、やはり運転台のない付随車として就役しました。従って記号の頭にサが付きます。終戦後は可部線や富山港線に転じ、片運転台の制御車となったため、1953年の称号改正ではクハの形式が与えられました。
なお、1959年の称号改正では、再改番でクハ5500形に集約されています。
クハ5550形(5550号)車内
画像:所蔵写真(横川電車区 1959.9.5)
画像:所蔵写真(横川電車区 1959.9.5)
上の車両の車内で、全室運転台が設けられています。乗務員扉は左右に設置され、連結面には貫通扉も新設されています。
クハ5550形(5552号)
画像:所蔵写真(城川原駅 1958.5.25)
富山港線に移り、ツートンカラーになった車両。
表5-15-3 クハ5500形詳細
主な参考文献
- P8612-1 和久田康雄(1986)「鶴見臨港鉄道時代の車両」(鉄道ピクトリアルNo.472)