国鉄の鉄道管理局

国鉄時代の地方機関として「鉄道管理局」がありました。鉄道院発足当時に5局が設置されたのに始まり、国鉄民営化前には27局が設置されていた「鉄道管理局」の推移です。

鉄道管理局の推移

1908(明治41)年 鉄道院発足(鉄道管理局)

1941年12月、鉄道院の発足により、地方機関として5鉄道管理局が置かれました。

東部鉄道管理局(上野)
中部鉄道管理局(新橋)
西部鉄道管理局(神戸)
九州鉄道管理局(門司)
北海道鉄道管理局(札幌)

北海道鉄道管理局
北海道鉄道管理局

画像:絵葉書(札幌市 1919)

1908(明治41)年に建てられた木造2階建ての初代北海道鉄道管理局です。札幌駅に北側に建設され、ルネサンス様式の洋風木造建築でした。

1913(大正2)年 鉄道管理局圧縮

1913年5月、鉄道院の改組を実施し、地方機関を4鉄道管理局に圧縮しました。

東京鉄道管理局
神戸鉄道管理局
九州鉄道管理局
北海道鉄道管理局

1915(大正4)年 鉄道管理局5局に復活

1915年6月、鉄道院の組織を再び改組し、地方機関は5鉄道管理局に復活しました。

東部鉄道管理局(東京下谷)
中部鉄道管理局(東京芝)
西部鉄道管理局(神戸)
九州鉄道管理局(門司)
北海道鉄道管理局(札幌)

北海道鉄道管理局
北海道鉄道管理局

画像:絵葉書(札幌市)

1915(大正4)年に建設された北海道鉄道管理局の2代目庁舎です。ドーム状の屋根が特徴的なルネサンス様式の木造3階建ての建物で、札幌駅前にありました。
1965(昭和40)年に建て替えられました。

1919(大正8)年 鉄道管理局を再編

1919年4月、鉄道院の組織を再び改組しました。

東京鉄道管理局(東部と中部を統合)
名古屋鉄道管理局(新設)
神戸鉄道管理局
門司鉄道管理局
仙台鉄道管理局(新設)
札幌鉄道管理局

1920(大正9)年 鉄道省発足(鉄道局)

1920年5月15日、鉄道省の発足により改組が行われ、鉄道管理局は鉄道局と改められ、下記の6鉄道局となりました。

東京鉄道局
名古屋鉄道局(1928年に大阪に移転し大阪鉄道管理局に改称)
神戸鉄道局
門司鉄道局
仙台鉄道局
札幌鉄道局

大阪鉄道管理局
大阪鉄道管理局

画像:絵葉書(大阪市 1928)

1928(昭和3)年に竣工した大阪鉄道管理局庁舎。関東大震災の教訓を生かした鉄筋コンクリート造りの近代建築で、大阪駅北側に建てられました。

1935(昭和10)年〜 鉄道局の新設

昭和期に入ってから、鉄道局にいくつかの新設がありました。

東京鉄道局
名古屋鉄道局
大阪鉄道局
広島鉄道局(1935年に門司鉄道局から分離・新設)
門司鉄道局
新潟鉄道局(1936年に新設)
仙台鉄道局
札幌鉄道局
樺太鉄道局(1943年に新設)

樺太鉄道局
樺太鉄道局

画像:絵葉書(豊原市 1943年)

日本の領土だった南樺太の鉄道は、1943年の内地編入により、樺太庁の管轄から鉄道省の管轄に変わりました。樺太庁鉄道事務所だった豊原市の建物が、樺太鉄道局になりました。
しかしながら、1945年の敗戦に伴い、樺太全土がソ連に占領され、鉄道も全線が接収されます。

1945(昭和20)年 運輸省(鉄道局)

1945年6月18日、前月の運輸省発足により、高松に四国鉄道局が新設されました。

東京鉄道局
名古屋鉄道局
大阪鉄道局
広島鉄道局
四国鉄道局(新設)
門司鉄道局
新潟鉄道局
仙台鉄道局
札幌鉄道局
樺太鉄道局(1946年廃止)

1949(昭和24)年 日本国有鉄道(鉄道管理局)

1949年6月1日に日本国有鉄道が発足しますが、翌1950年8月1日の組織改正で、全国を27の鉄道管理局に分割しました。

(下記名称の後にすべて「鉄道管理局」がつきます)
釧路、旭川、札幌、青函船舶
盛岡、秋田、仙台
新潟、高崎、水戸、千葉、東京
長野、静岡、名古屋、金沢
大阪、天王寺、福知山、米子、岡山、四国
広島、門司、大分、熊本、鹿児島

「名」=名古屋鉄道管理局(テム619)
テム619

撮影:豊橋駅(1978.7.24)

「高」=高崎鉄道管理局(テム913)
テム913

撮影:富士宮駅(1978.7.22)

管理部門ですので、鉄道管理局の名前は本来あまり外向きに知られるものではありません。しかし国鉄の鉄道車両には、それらが管理記号として記載されることがありました。
写真の2両とも鉄製有蓋車のテム300形ですが、大きく漢字1文字が書かれています。
テム619は美濃赤坂駅常備で名古屋鉄道管理局の「名」の字が書かれています。テム913は佐野駅常備で高崎鉄道管理局の「高」の字が書かれています。いずれも篆書体を基本とした独特の字体で、「名」は「君」に見えてしまいますし、「高」は梯子状でかつ上の鍋蓋が傘のようになっています。
ちなみに常備駅の両駅は、いずれも石灰石の輸送拠点であり、このような鉄製有蓋車が必要でした。

1957(昭和32)年 支社を新設

1957年1月16日、地方組織に支社制を導入、6支社を設置し、その下に27の鉄道管理局を置く組織に変わりました。

表8-5-1 支社と鉄道管理局(1957年)
支社 鉄道管理局 備考
北海道支社 釧路、旭川、札幌、青函船舶
東北支社 盛岡、秋田、仙台
関東支社 新潟、高崎、水戸、千葉、東京
中部支社 長野、静岡、名古屋、金沢
関西支社 大阪、天王寺、福知山、米子、岡山、四国
西部支社 広島、門司、大分、熊本、鹿児島
1959(昭和34)年 9支社体制

1959年に、新潟支社、四国支社、中国支社が新設されました。(旧6支社から分離)
新しい支社は配下に鉄道管理局が一つ置かれましたが、翌1960年に鉄道管理局は廃止され、支社直轄となりました。(鉄道管理局は27から24に減少)
また、広島が抜けた西部支社は、1968年に九州支社に改称しています。
さらに1969年には、東京鉄道管理局が、東京北、東京南、東京西の3鉄道管理局に分割されます。(鉄道管理局は26になる)

表8-5-2 支社と鉄道管理局(1959年)
支社 鉄道管理局 備考
北海道支社 釧路、旭川、札幌、青函船舶
東北支社 盛岡、秋田、仙台
新潟支社 新潟 1959年支社新設
1960年管理局廃止
関東支社 高崎、水戸、千葉、東京
(1969年に東京を、東京北、東京南、東京西に3分割)
中部支社 長野、静岡、名古屋、金沢
関西支社 大阪、天王寺、福知山、米子、岡山
四国支社 四国 1959年支社新設
1960年管理局廃止
中国支社 広島 1959年支社新設
1960年管理局廃止
西部支社 門司、大分、熊本、鹿児島 1968年に九州支社に改称
「東」=東京鉄道管理局(ヤ100)
ヤ100

撮影:田端駅(1978.5.14)

東京鉄道管理局は「東」の一文字が書かれていました。田端駅常備の道床交換作業車ヤ100は、既に東京北鉄道管理局への分割後ですが「東」と書かれたままです。

「東西」=東京西鉄道管理局(保線機械)
保線機械

撮影:国立駅(1978.5)

三鷹保線区の保線機械には「東西」と書かれています。東京西鉄道管理局を示していると思われます。

「西」=東京西鉄道管理局(ホキ736)
ホキ736

撮影:甲府駅(1977.8.15)

初狩駅常備のホキ736に書かれた「西」の文字。本来、東京西鉄道管理局は「西」、東京北鉄道管理局は「北」、東京南鉄道管理局は「南」と一文字で表記されます。

1970(昭和45)年 支社廃止・総局新設

1970年8月20日に支社が廃止されました。
北海道、九州、四国については、地方経営の独自性を認めて総局となり、これに新幹線を加えて4つの総局が新設されました。
これにより、札幌鉄道管理局が廃止され、新潟鉄道管理局と広島鉄道管理局が復活し、鉄道管理局は元の数の27に戻りました。

表8-5-3 総局と鉄道管理局(1970年)
総局 鉄道管理局 備考
北海道総局 釧路、旭川、青函船舶
盛岡、秋田、仙台、新潟
高崎、水戸、千葉、東京北、東京南、東京西
長野、静岡、名古屋、金沢
大阪、天王寺、福知山、米子、岡山
広島
四国総局
九州総局 門司、大分、熊本、鹿児島
新幹線総局
新幹線総局 大阪電気所の看板
新幹線総局

撮影:京都府(2007.1.27)

「新幹線総局」の名前が残る東海道新幹線の警告看板。イラストに0系電車が描かれていますが、いずれにしても「新幹線総局」があった1987年までに作られたものです。

主な参考文献
  • H5202 「鉄道80年のあゆみ」(1952)日本国有鉄道
  • Y7101 世界の鉄道別冊「日本の鉄道100年」朝日新聞社
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