旧型国電の保存車

表紙の1枚

撮影:リニア・鉄道館(2012.1.27)

JR東海によるリニア・鉄道館で復元保存された木造国電モハ1形、流電モハ52形、そしてその後ろはクモハ12041。
旧型国電の保存車と、その関連するものについてご紹介します。

国鉄車両

木造車
デ968(松本電気鉄道ハニフ1)
デ968

撮影:鉄道博物館(2026.5.11)

1904年に甲武鉄道(後の中央線)が飯田町〜中野間で初めての郊外電車として運転した車両で、全長10m程度の2軸の木造車。1906年の国有化により国鉄初の電車となりました。
廃車後に信濃鉄道(後の大糸線)に譲渡され、筑摩鉄道(後の松本電気鉄道)に再譲渡されます。松本電鉄で廃車になった後、長らく保管されていたものを、JR東日本が譲り受けて、鉄博での保存が実現しました。
現在は、松本電鉄での姿のままで展示されています。

(1904年)甲武ハ9→(1910年)デ968→(1915年)信濃ハ6→ロハフ1→(1922年)筑摩ハニフ1
ナデ6141(復元保存車)
ナデ6141

撮影:鉄道博物館(2026.5.11)

1914年に登場した鉄道院新橋工場製の木造ボギー車で、車体長16mの大型車体に扉を3か所に増やした通勤形電車の原形ともいえる車両です。
廃車後に目蒲電鉄を経て芝浦製作所に譲渡され、鶴見臨港鉄道に移籍の後、再度国鉄に戻ったものの、日立電鉄に再譲渡されました。1972年に日立電鉄より返還され、鉄道記念物に指定されました。翌1973年に復元工事が完成し、国鉄大井工場に保存されました。1987年には動態保存車に改造されています。
2007年に鉄道博物館に収蔵され、2017年に国の重要文化財(美術工芸品)に指定されました。

(1914年)ナデ6141→(1914年)デハ6293→(1926年)目蒲デハ41→(1930年)芝浦モハ41→(1932年)鶴見モハ202→モハ142→(1943年)国鉄モハ142→(1948年)日立モハ101
モハ1035(復元保存車)
モハ1035

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

モハ1035

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

1922年製の標準型木造車で、昭和時代にはモハ1形を名乗る中型木造車の代表的な形式でした。中央線などで使用された後、廃車後は三信鉄道(後の飯田線)に譲渡され、国有化で再度国鉄に戻った後、大井川鉄道に再譲渡されました。大井川鉄道での廃車後は、長らく千頭駅で保存されていましたが、1997年にJR東海の発足10周年記念事業として復元されました。
2011年からリニア・鉄道館で保存されています。

(1922年)デハ33509→(1928年)モハ1035→(1938三信デ307→(1943年)国鉄デ307→(1953年)大井川モハ301
戦前型
クモハ12041(保存車)
クモハ12041

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

モハ30131模型
モハ30131

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

1927年に製造された初の半鋼製電車モハ30形を改造し、牽引車のクモヤ22としていたものを、国鉄末期の1987年に旅客用に再改造した車両。JR東海で飯田線のイベント運転に使用されました。
側面は登場時のスタイルを残していますが、二重屋根は終戦後の更新修繕で丸屋根化され、前面スタイルは中間車化や事業用車化の際に失われ、原形とはかなり異なっています。
そのためか、脇にはこの車両の原形であるモハ30131の1/20サイズ模型が置かれています。

(1927年)デハ73331→(1928年)モハ30131→(1953年)モハ11047→(1954年)モハ10016→(1964年)クモヤ22112→(1987年)クモハ12041
クモエ21001(保存車)
クモエ21001

撮影:日酸公園(2007.3.10)

栃木県下野市の公園で保存されている救援車。前面に「けがした電車を助けた電車」というヘッドマークを掲げている通り、救援車という役割を前面に出した保存車です。
元は上記クモハ12041と同じ最初の半鋼製車モハ30で、更新修繕や救援車改造で大きく姿を変えています。ただ前面スタイルは、仙石線時代に貫通扉の設置とHゴム化を行った時期の姿を残しており、地味に貴重です。当然、救援車としての保存電車というのも唯一の存在です。

(1927年)デハ73284→(1928年)モハ30086→(1953年)モハ11032→(1954年)モハ11106→(1967年)クモエ21001
クモハ12052(現役時代の写真)
クモハ12052

撮影:弁天橋電車区(1978.8.15)

製造当初から丸屋根で登場した31系のうちの最後の1両がクモハ12052で、鶴見線で長く使われていたものを、JR東日本が東京総合車両センターで保管しています。
2022年に鉄道開業150周年を記念し、現役時代の姿に整備されました。

(1929年)モハ31018→(1953年)モハ11210→(1959年)クモハ12052
クモハ40054(保存車)
クモハ40054

撮影:青梅鉄道公園(2026.4.29)

全長20mで製造された半鋼製車で、総武線などで使用された車両です。日光線で使用されている時に、運転台前面窓がHゴム化されました。
JR東日本に引き継がれ、イベントなどでも使用されました。
クモハ40形自体は青梅線で多く使用されていたことと、この車両も一時青梅線で使用されたことがあったため、ゆかりのある青梅鉄道公園で保存されました。

(1935年)モハ40134→(1936年)モハ40054→(1959年)クモハ40054
クモハ40074(保存車)
クモハ40074

撮影:鉄道博物館(2026.5.11)

クモハ40074

撮影:鉄道博物館(2026.5.11)

1936年に製造された半鋼製の通勤形電車で、車内は木製でニス塗りになっています。半流線形の前面スタイルはこの年から採用され、国電の標準的スタイルにもなりましたが、保存されているのはこの車両のみです。
廃車になった時の姿のまま保存されています。

(1936年)モハ40074→(1959年)クモハ40074
クモハ42001(現役時代の写真)
クモハ42001

撮影:宇部電車区(1980.8.5)

1933年に京阪神間の電車化に伴い新製された2扉クロスシート車42系の両運転台電動車。戦後に横須賀線を経て宇部・小野田線に転じ、JR西日本に引き継がれて2003年まで営業運転に使われました。
末期には黄色い警戒色がなくなり、元のぶどう色単色に戻されました。
現在は下関総合車両所で保管されています。

(1934年)モハ42001→(1959年)クモハ42001
モハ52001(復元保存車)
モハ52001

画像:所蔵写真(吹田工場 1996.11.13)

モハ52001

画像:所蔵写真(吹田工場 1996.11.13)

1936年に京阪神間の急行電車として登場した流線形電車、通称「流電」の第1編成の先頭車です。
関西を離れた後、長らく飯田線で使用され、1978年に廃車になったものを生まれ故郷の吹田工場が引き取り、復元しました。
登場時の姿への復元には苦労も見られ、前面窓枠や客用扉は最終期のものを流用しています。カラーデザインは、2次車登場後のツートンカラーになっています。

(1936年)モハ52001→(1959年)クモハ52001
モハ52004(復元保存車)
モハ52004

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

モハ52004

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

1937年製の第2次流電で、側窓が広くなった“新流”と呼ばれる車両です。
やはり関西から飯田線に移り、1978年の廃車後は、そのままの姿で日車豊川工場で保存されていました。1991年にオープンしたJR東海の佐久間レールパークに移されてからは、徐々に復元工事が行われ、リニア鉄道館への保存に際し、完全に登場時の姿に復元されました。
車内の座席モケットも、元の緑色になっています。

(1937年)モハ52004→(1959年)クモハ52004
DT12型台車
DT12

撮影:富士市新通町公園(2024.10.19)

密着連結器
密着連結器

撮影:富士市新通町公園(2024.10.19)

富士市の新通町公園に展示されている台車と連結器。
1981年に富士吉原ライオンズクラブから寄贈され、1983年に国鉄と高木産業により設置されたと書かれています。それ以外の情報はありませんが、身延線の旧型国電が置き換えられたのが1981年なので、身延線で使用されていた電車の機器であることは間違いないでしょう。
台車はDT12型で、身延線のすべての電動車が履いていました。密着連結器も同様です。この連結器は天地逆に置かれています。
なお、この公園には、新幹線0系(21-59)や、JR伊東駅のレールで作られた「レールチャイム」なども置かれています。

狭軌最高速度記念碑
クモヤ93000

撮影:六合駅(2021.10.5)

クモヤ93000

撮影:六合駅(2021.10.5)

1960年11月21日に東海道本線六合〜藤枝間で、クモヤ93000が狭軌最高速度の175km/hを記録したことを記念して、六合駅北口駅前広場に記念碑が設置されています。
1995年にJR東海が設置したようです。

戦後型
モハ63638(復元保存車)
モハ63638

撮影:リニア鉄道館(2012.1.27)

戦時設計のモハ63形は、資材不足の中で大量輸送が可能な設計となっており、切妻スタイルや側面の3段窓、20m4扉などが特徴です。結果的にその後の通勤電車の標準的な形態に生かされました。
牽引車のクモヤ90005に改造されていたものを、リニア・鉄道館の開館に合わせて浜松工場で登場時の姿に復原されました。

(1947年)モハ63638→(1952年)モハ72258→(1967年)クモヤ90005
73系電車の車内モックアップ
クモヤ90801

撮影:鉄道博物館(2026.5.11)

戦時設計で3段窓を採用したモハ63形の車内モックアップで、モハ72形(←モハ63形)を改造した牽引車のクモヤ90801の解体時に発生した部品を使い、実車と同じ配置で再現しています。
木製でニス塗りの車内化粧板や木張りの床板なども活用されているほか、座席のモケットはモハ63形時代の緑色(3等車の標準色)に復元されています。
なお、元になったクモヤ90801は、1997年に廃車になったものの、東京総合車両センターで保管され、2010年に解体されました。

(1949年)モハ63814→(1953年)モハ72312→(1970年)クモヤ90801
モハ80001(復元保存車)
モハ80001

撮影:京都鉄道博物館(2025.1.24)

クハ86001(復元保存車)
クハ86001

撮影:京都鉄道博物館(2025.1.24)

1950年に初の本格的長距離電車として誕生した80系のトップナンバー2両が保存されています。デッキ付2扉クロスシートという客車のような車内設備を持ち、長い固定編成を組むため中間電動車が初めて採用されました。
最初は東京地区に投入されましたが、最後は下関運転所で1977年まで使用されました。廃車後も柳井駅で保管されていましたが、国鉄末期に広島工場で復元工事が行われ、1986年から大阪の交通科学博物館で保存されました。2016年の京都鉄道博物館開館に伴い移転しています。
1次車はこのように前面3枚窓で、2次車以降の2枚窓の湘南スタイルとは異なります。
復元工事の中で、Hゴム化されていた窓の付近が外板と面一になっていたり、連結器上のタイフォンが残されていたりと、登場時のスタイルに完全には戻されていません。

(1950年)モハ80001
(1950年)クハ86001
クモニ83006(現役時代)
クモニ83006

撮影:北松本支所(1981.8.9)

モハ72を改造して荷物電車としたクモニ83のうち1両が、鉄道総合技術研究所で試験車両となっていましたが、2008年に東芝府中事業所に譲渡されました。
2020年に東芝を離れ、千葉県のポッポの丘に保存されています。

(1946年)モハ63373→(1952年)モハ72107→(1968年)クモニ83006

買収国電

熊本電気鉄道 モハ70形(71号)(動態保存車)
熊本電鉄

撮影:北熊本車庫(2005.11.12)

1928年製の小型鋼製車で、可部線の前身である広島電気が購入し、広浜鉄道が引き継ぎ、1935年に国鉄買収によりモハ90形となったもの。終戦後には、小型車ゆえ戦災を逃れた3両とも熊本電気鉄道に譲渡されました。
1981年からは入換用になり、1996年にはかつてのぶどう色単色に戻されました。
2009年にレストアしています。

(1928年)広島モハ4→(1931年)広浜モハ8→(1935年)国鉄モハ90005→(1955年)熊本モハ71
田口鉄道 モハ10形(14号)(保存車)
モハ14

撮影:道の駅したら(2022.8.16)

1924年製の豊川鉄道モハ14号で、国有化により国鉄籍となった後、元々の関連会社であった田口鉄道に譲渡されました。木造車ですが、外板に鋼板を張る改造が行われています。
田口線廃止の1968年に設楽町に譲渡され、田峯駅構内に保存、1978年に奥三河郷土館に移設され屋根つきで展示されました。2021年に道の駅したらオープンに伴い移設されました。

(1925年)豊川モハ14→(1943年)国鉄モハ14→(1952年)田口モハ14→(1956年)豊鉄モハ14
小湊鉄道 キハ5800形(5800号)(保存車)
小湊鉄道

撮影:五井機関区(1987.1.9)

三信鉄道が木造国電を譲受の上、日本車輌で鋼体化の上使用していた2扉クロスシート車。国有化により国鉄籍になった後、1960年に小湊鉄道に譲渡され、気動車に生れ変わりました。前面に貫通扉が付けられ、前面窓はHゴム化されました。その後、前照灯が2灯化され幕板に埋め込まれたため、三信鉄道時代とは顔つきが変わっています。
1997年の廃車後も車庫内で保管され、2019年に市原市指定文化財になっています。

(1914年)デハニ6465→(1927年)デニ6458→(1928年)モニ3009→(1936年)三信デ101→(1943年)国鉄デ101→(1953年)クハ5800→(1960年)小湊キハ5800

私鉄譲渡車

東武鉄道
ED5060形(5067号)(保存車)
ED5067

撮影:栃木県子ども総合資料館(2024.4.6)

厳密には国鉄からの譲渡車ではありませんが、運輸省割当のモハ63形を出自とする東武鉄道モハ7300形のMT40型主電動機をもつ電気機関車。新造にあたり主電動機の転用を受けたもので、そのうちの1両、ED5067号が廃車後に栃木県子ども総合資料館で保存されています。

TR25型台車
TR25

撮影:越谷市立児童館コスモス(2024.10.31)

TR25

撮影:越谷市立児童館コスモス(2024.10.31)

越谷市の児童館に隣接する公園の一角に保存されている台車。東武鉄道7300系(運輸省モハ63形割当車)の台車で、東武鉄道から寄贈されたもの。MT40-Cと銘板に記載のある電動機付。
現役時代の7300系の写真と、台車やモーターの図解が入った看板も立っており、1947年製で1959年に廃車になったと記載されています。

西武鉄道
西武鉄道 クモハ501形(505号)(復元保存車)
クモハ505

画像:西武鉄道発行絵葉書

国鉄の木造車を戦後に西武鉄道が譲受の上、自社所沢工場で湘南スタイルの車体を新造しモハ501形としたもの。名義上の元国電というだけかもしれませんが、台車や主電動機はタネ車とは異なるものの国鉄形を装備していました。
西武鉄道が戦後初めてオリジナルスタイルで製造した車両ということもあり、1998年に一部を復元の上保存されました。塗装は1954年の登場時の西武カラーで、前照灯やパンタグラフも登場時の形になっています。TR14A型台車、MT10型主電動機などは登場時とは異なりますが、国鉄機器の流用品ではあります。

(1922年)デハ33519→(1928年)モハ1043→(1953年)モハ2401→(1954年)西武モハ505→(1958年)西武モハ415→(1964年)西武クモハ355
小田急電鉄
秩父鉄道 デハ800形(801号)廃車体の時期
デハ801

撮影:群馬町(1998.10)

秩父鉄道 クハ850形(859号)廃車体の時期
クハ859

撮影:行田市(2006.2.18)

運輸省モハ63形の割当車である小田急1800系が秩父鉄道に譲渡され、それが廃車になった後に地元で活用されていた頃の写真です。
現在は、保存団体の手により、他の場所で小田急時代のカラーに復元保存されています。

(1946年)モハ63050→(1946年)小田急デハ1801→(1979年)秩父デハ801
(1946年)モハ63274→(1946年)名鉄ク2705→(1948年)小田急クハ1862→(1951年)小田急クハ1859→(1981年)秩父クハ859
主な参考文献
  • B9701 沢柳健一(1997)「旧型国電車両台帳」
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“ゲタ電”の頃