車両関係(低屋根車)

中央線や身延線に存在する低屋根車というのは、なぜ必要なのでしょうか。
これは、物理的に車両よりトンネル断面が小さいというわけではありません。架線と車両との絶縁距離を十分取れること、及び折り畳み状態からの離線を防ぐことなどが目的です。
「低屋根車」「山用電車」などの呼び方があります。

低屋根車の基本寸法

普通屋根車(モハ41)の一例
モハ41
低通屋根車(モハユニ44)の一例
モハユニ44

1951年に策定された基準により、屋根の高さは3,514mm以下、パンタグラフ折りたたみ高さは4,000mm以下とされました。
目的は火災防止で、何らかの異常が発生した際に、パンタグラフを降ろして電気を遮断する必要があります。この部分には大きな電気が流れていますので、電気を完全に遮断するためには架線とパンタグラフとの間に一定の距離が必要となります。そこで、この部分の距離に最低250mmを確保するというのが基準となったのです。
(注1)

最初期型低屋根車(1951年)

戦後に中央線の浅川以西に乗り入れる臨時電車は、1948年に東京−大月間で復活しています。当初は、モハ41を主体に、モハ33・34、クハ65などを使用し、PS11型パンタグラフを改造し、折りたたみ高さを下げて対応していました。1950年からはそれよりも屋根の低い80系も使用されました。(文献P9909-1)
そういった中で1951年に基準ができる前の低屋根化改造を行ったモハ30形が登場します。

モハ30形の低屋根化改造車
クモハ11100
クモハ11100

画像:所蔵写真(大崎駅 1972.12.16)

モハ10050
モハ10050

画像:所蔵写真(東京駅 1957.8.17)

1951年に戦前型の17m車モハ30形を7両、更新修繕Ⅰに合わせて、二重屋根のモニタ部分を切り取り、丸屋根・切妻の低屋根に改造しました。
クハ65形などと組み合わせた4両編成で、新宿−甲府間でも運用されました。
この車両の屋根高さは3.630mm、パンタグラフ折りたたみ高さは4,130mmで、同年に策定された基準よりも高いことから、翌年にモハ71形が登場するに及び、山手線に転属しました。

表7-3-5 最初期型低屋根車一覧
記号・形式 番号 竣工年 屋根高さ パンタ折りたたみ高さ
モハ11 100 1951年 3,630mm 4,130mm
モハ10 000〜002
050〜052

前期型低屋根車(1952〜1960年)

1951年に基準に基づいて新造または改造された低屋根車は、パンタグラフ折りたたみ高さが4,000mm以内に抑えられます。さらに身延線用は、3,960mmとなり、その後の低屋根車の基本となりました。
この時期の低屋根車は、屋根全体を低くしているのが特徴です。

中央線用低屋根車
モハ71001
モハ71001

画像:所蔵写真(三鷹電車区 1954.8.26)

1951年からの新基準をベースに新造(改造名義)されたのがモハ71形です。トップナンバーの001号は、全金属試作車なので、窓枠やドアなどが通常車両と異なります。
山を走るスカ形ということで、「山スカ」などと通称されたこともあります。

通勤用(波動用)低屋根車
モハ72853
モハ72853

画像:所蔵写真(高尾駅 1973.1.28)

1956年には、4扉ロングシートのモハ72形に低屋根車が新造されています。これらは通常は国電区間の短距離輸送に充当されますが、週末の臨時列車などで高尾以遠への乗り入れを考慮したものです。山を走るゲタ電ということで、「山ゲタ」などと通称されることもあります。
なお、結果的に70系に組み込まれて長距離列車に用いられるようになり、写真のようにスカ色に塗られました。

身延線用低屋根車
クモハ14813
クモハ14813

撮影:上原庸行様(富士電車区 1968.3.20)

身延線用には、1955〜56年にモハ14形とモハユニ44形を低屋根化しています。屋根の深い戦前型を低屋根の切妻スタイルに改造したため、原形の面影は大きく失われています。
1959年に800番代に改番されました。

(参考掲載)新性能電車
159系
159系

撮影:鶴見駅(1978.5.21)

1959年に登場した修学旅行用155系は、中央本線への乗り入れも想定されるため、低屋根構造となりました。その際、編成で高さを揃える観点から、パンタグラフの有無にかかわらずすべての車両の屋根を低くしています。写真は引き続き1961年に登場した修学旅行用159系。
パンタグラフ折りたたみ高さは、モハ71002〜と同じ3,970mmです。

表7-3-6 前期型低屋根車一覧
記号・形式 番号 竣工年 屋根高さ パンタ折りたたみ高さ
モハ71 001〜005 1952年 3,550mm 4,000mm
006〜017 1952〜53年 3,510mm 3,970mm
018〜021 1960年 3,514mm 3,969mm
モハ72 850〜864 1956〜57年 3,514mm 3,969mm
クモハ14 800〜823 1955〜56年 3,495mm 3,950mm
クモハユニ44 800〜802 1955年 3,495mm 3,955mm

後期型低屋根車(1962〜1978年)

1960年から交直両用電車が新造されますが、これにはパンタグラフ部分のみを低くする手法が採られ、山用の低屋根車もこれに倣うことになりました。改造費用や期間を大幅に低減させることが出来ます。特に新製車の場合は、外観を普通屋根車と合わせることが出来るメリットもありました。

身延線用低屋根車
クモハ51852
クモハ51852

撮影:富士宮電留線(1981.12.31)

1962年のクモハ41800以降、20m車の身延線転属に伴う低屋根化改造が始まりますが、パンタグラフ部分だけ低くする方式に変わりました。これまでの屋根全体を低くする改造工事より、工事期間、費用ともに軽減されました。
改造に当たっては、前パンタグラフの車両も後部に移設の上、低屋根化されています。
クモハ41、クモハ43、クモハ51、クモハ60などが新たに低屋根化され、いずれも800番代に改番されています。低屋根化された部分のサイズはみな同じです。

中央西線用低屋根車
クモエ21800
クモエ21800

画像:所蔵写真(神領電車区 1976.7.3)

1973年に中央西線が全線電化された後、1975年に事業用車の低屋根化改造が行われています。神領電車区の入換用クモハ40、救援車クモエ21、そして関連する配置のクモヤ90が対象となりました。最終のクモヤ90804は1978年の改造です。
この時期、PS23型パンタグラフは開発されていましたが、屋根の高い旧型国電では基準内に収まらないため、このような改造が続けられたものです。

(参考掲載)交直両用電車(新性能電車)
モハ402-10
モハ402-10

撮影:水戸駅(1983.3.5)

パンタグラフ部分のみを低屋根化する手法は、1960年に登場した交直両用電車401系が最初に採用しました。交流の場合、パンタグラフ周辺に電気機器が数多く配置されるため、狭小トンネルの場合と同様に、絶縁距離を確保する必要が生じたためです。
低屋根部分の屋根肩に通気孔がありますが、車内天井部にはファンでリアが設置され、通風器の代わりになっています。

(参考掲載)新性能電車
クモハ100-801
クモハ100-801

撮影:国立駅(1980.1.7)

1960年に101系の低屋根車800番代が誕生しました。モハ72850〜の後継というべき通勤電車で、通常は中央線の国電に、週末は相模湖までの臨電や甲府までの長距離列車にも使用されます。
パンタグラフ折りたたみ高さは、身延線の改造車と同じで、3,960mmです。その後の中央東線用の新性能電車モハ114-800番代、モハ164-800番代なども、高さは同じです。

低屋根部分
クモハ60812
クモハ60812

撮影:富士宮電留線(1981.12.30)

モハ62502
モハ62502

撮影:鰍沢口駅(1981.4.26)

低屋根部分は普通屋根の部分との間に大きな段差があります。
改造車の場合は、単に屋根を低くしただけですが、車体新製車の場合は、屋根肩部に通気孔があり、車内にはファンでリアが設置されています。これは新性能電車のすべてに共通するほか、72系を改造して車体を新造したモハ62にも見られます。

表7-3-7 後期型低屋根車一覧
形式 番号 竣工年 屋根高さ パンタ折りたたみ高さ
クモハ41 800・850 1962〜63年 3,450mm 3,960mm
クモハ43 800〜804(偶数)
810
1965年
クモハユニ44 8003 1968年
クモハ51 800〜830(偶数)
850・852
1966〜70年
クモハ60 800〜816(偶数) 1970年
モハ80 800〜813
851・852
1963〜68年
クモエ21 800 1975年
クモハ40 800
クモヤ90 802〜805
モハ62 000・001
500〜503
1974年 3,495mm
備考 屋根高さは、低屋根部分の高さ
両運転台車両の低屋根車
クモニ83811
クモニ83811

撮影:新宿貨物駅(1984.1.27)

パンタグラフ部分のみの低屋根化が一般化された後にも、新造に近い車体改造により誕生した両運転台車両は、屋根全体を低くする方法を踏襲しています。
中央東線用に72系からの改造により誕生したクモユニ82形、クモニ83形、そして長野運転所のクモヤ90形がこれに当たります。いずれも800番代が与えられました。

表7-3-8 後期型低屋根車(両運転台)一覧
形式 番号 竣工年 屋根高さ パンタ折りたたみ高さ
クモユニ82 800〜802 1966〜67年 3,510mm 3,960mm
クモニ83 800〜820 1966〜73年
クモヤ90 801 1969年

PS23形パンタグラフ装備車両(1975年〜)

1973年に中央西線、篠ノ井線の電化は、狭小トンネルの走行可能な車両を大量に必要とします。しかしこれまでの低屋根化改造では、莫大な費用と期間を必要とするため、パンタグラフを交換するだけで折りたたみ高さ4,000mm以下を実現できるよう、PS23型パンタグラフが開発されました。

PS23型パンタグラフ
PS23型パンタグラフ

撮影:甲府駅(1981.7.26)

従来のPS16型を基本に、折りたたみ高さを圧縮するため、
  • 上下枠組みの長さを短くした
  • 上下枠組みが上下方向で重なるのを避けた
  • 主軸の台枠を下側に移した
  • つりあいテコ装置(従来最も屋根に近かった)を台枠の外側に移し、屋根との絶縁離隔を稼いだ
また、架線−パンタグラフ系の事故防止のため
  • ホーン部の傾斜をゆるやかにした
  • なびきバネ、つりあいバネの代わりに、リンク式の支え装置とした
  • 上記に伴い、舟体とささえ腕の間に防振ゴムを設け、なびき作用をもたせるよう配慮した
  • 主スリ板の配列範囲を長くし、集電範囲を増した
などの改良点があります。(文献J7605-1)
モハ80206
モハ80206

撮影:松本駅(1979.8.12)

1973年の中央西線・篠ノ井線電化に伴い、神領電車区の80系と、長野運転所(→松本運転所に移動)の70系、80系が新たに狭小トンネル区間を走行することになり、合計60両ほどの電動車がPS23型パンタグラフに換装されました。

クモニ83028
クモニ83028

撮影:甲府駅(1978.7.22)

1975年の中央東線への115系300番代投入と同時に、併結する荷物電車も増備されますが、普通屋根にPS23型パンタグラフを搭載する仕様に変わりました。
クモニ83は東海道・山陽線などに既に配置されていた車両と同じ車体ですが、クモユニ82の普通屋根車は新たな設計になりました。

◆マーク
モハ114-1018

撮影:長野駅(2026.5.16)

PS23型パンタグラフを搭載した車両は、800番代のような改番はされませんので、区別のために形式番号の表示の前に◆マークを付けています。
写真は、しなの鉄道の復刻カラー。通常の運行では狭小トンネル区間には乗り入れませんが、マークを復刻しています。

(参考掲載)PS23付の低屋根車(新性能電車)
モハ114-2607
モハ114-2607

撮影:甲府電留線(1981.7.26)

1981年に身延線に新製投入された115系2000番代のうち、電動車モハ114は、PS23型パンタグラフを搭載しても身延線の基準をクリアできないため、パンタグラフ取付部分を20mm低くしています。外観的には区別できません。

主な参考文献
  • B7101 浅原信彦(1971)「国鉄電車ガイドブック 旧性能電車編(上)」誠文堂新光社
  • J7605-1 松田清宏(1976)「PS23形パンタグラフのしくみ」(鉄道ジャーナルNo.111)
  • P9602-6 久保敏(1996)「身延線の低屋根電車」(鉄道ピクトリアルNo.617)
  • P9909-1 巴川享則(1999)「中央線低屋根電車のプロフィール」(鉄道ピクトリアルNo.674)
(注1)
火災防止の契機となったのは、1950年8月に身延線内船−寄畑間の島尻隧道内で電気火災のために電車4両が焼失した事故である。落雷により電気回路に異常が生じ、パンタグラフ付近のアークが遮断できずに、電気火災となった。このほかにも1951年4月に桜木町駅構内で発生した火災事故(いわゆる桜木町事故)など架線とパンタグラフに起因する事故が多数発生していた。(文献P9602-6)
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“ゲタ電”の頃