東北地方の路線

仙石線 (1944-1985)

仙石線は、宮城電気鉄道が1925(大正14)〜1928(昭和3)年までに建設した仙台〜石巻間の電化路線を、1944(昭和19)年5月に戦時買収の上、仙石線としたものです。日本三景の一つである松島を沿線に持つことから、観光的な要素もありますが、仙台市のベッドタウンとしての通勤路線の性格も、併せ持っています。


路線
1944(昭和19)年 国有化
仙石線

全線が電化により開業しており、買収時には仙台〜陸前原ノ町間が複線でした。その先、西塩釜までは、1968〜69年の間に複線化されています。
塩釜、松島周辺では東北本線が絡み合うように走りますが、元は国鉄と私鉄という異なる事業体が建設したので、そのような結果になりました。
快速や特別快速も走ります。

車両
17m国電
仙石線

画像:所蔵写真(陸前原ノ町駅 1961.1.19)

1947年より、17m国電の転入が始まり、宮城電鉄買収車両とともに使用されます。
1959年に気動車色(クリーム色と朱色のツートンカラー)を採用し、この色は買収車両にも展開されます。
1964年に買収車が全廃され、1967年には17m国電も活躍を終了しています。

72系
仙石線

撮影:野蒜−陸前小野(1979.8.5)

20m車の転入は1963年のクモハ41形が最初ですが、1966年に72系の転入が始まってから急激に進み、翌1967年には17m国電をすべて置き換えます。同年、快速電車用に3扉セミクロスシート車が転入すると同時にウグイス色が採用されました。
1975年にはクロスシート車が転出し、72系に統一されますが、1980年には103系の転入により、一般形の72系は運行を終了しました。

72系(車体更新車)
仙石線

撮影:野蒜駅(1979.8.5)

72系の車体を103系並に更新した車両は、1975年に5編成が投入されました。性能的には旧来の車両と変わらないものの、接客設備の大幅な近代化でサービス向上を図りました。
103系投入後は、103系と同じスカイブルーに塗り替えられ、1985年に追加の103系に置き換えられるまで活躍しました。

主な参考文献
  • P7205-1 沢柳健一(1972)「ローカル国電のもつ役割と現状」(鉄道ピクトリアルNo.265)
  • P7205-3 沢柳健一(1972)「仙石線」(鉄道ピクトリアルNo.265)
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“ゲタ電”の頃