静岡地区の路線

東海道本線(沼津〜豊橋) (1950-1978)

東京から神戸を結ぶ東海道本線は、日本で初めての鉄道として1872(明治5)年に新橋〜横浜間で開通した鉄道線を起源としています。
戦後の1949(昭和24)年に沼津から静岡まで、追って浜松までが電化されています。1953(昭和28)年には浜松から名古屋までが電化され、静岡県内の東海道本線の全線電化が完成しています。


路線
1950(昭和25)年 電車運転開始
東海道本線

1950(昭和25)年3月の80系電車運転開始により、東京から沼津までの80系による電車運転が開始されています。同年7月には静岡まで、翌1951年2月に浜松まで延長され、1957(昭和32)年4月に浜松〜豊橋間の電化完成により、この区間を含む東海道線全線の電化が完成、80系の全区間での運行が始まりました。
身延線の急行「富士川」(1964〜72年)、大井川鉄道乗り入れの快速「奥大井」(1969年〜)など、東海道本線から他路線への乗り入れ列車にも80系が使用されました。

車両
80系
東海道本線

画像:絵葉書(興津−由比)

東海道線の電車化の主役と言えば、どの区間を取っても80系です。
写真は、1950年に運行を開始して間もない頃と思われる旧塗り分けの80系です。駿河湾を手前に富士山を遠望する風景で、東海道本線と国道1号線を見下します。

戦前型電車
東海道本線

画像:所蔵写真(静岡駅)

静岡地区の区間ローカルとして、1952〜1961年の間、富士〜島田間(後に沼津〜富士〜島田間に延長)に、身延線と一部共通の戦前型電車による運転が行われています。富士電車区に配属されていましたが、写真のように低屋根でない車両もおり、東海道線専用の車両があったものと思われます。中間車には3段窓の72系も見えます。

(新性能化後)113系
東海道本線

撮影:菊川−金谷(1985.1.4)

80系の後継車は湘南色の113系です。これは、東海道線全線に渡って同様で、地域ごとの時期的な差はあれど、同じように置き換えが進みました。

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“ゲタ電”の頃