関東郊外の電車路線
3-4 青梅線・五日市線 (1944-1978)
青梅線は立川〜氷川(現・奥多摩)間を結ぶ路線、五日市線は拝島〜武蔵岩井間を結ぶ路線です。青梅地区で産出する石灰石を南武鉄道などとともに川崎などのセメント工場に輸送する重要路線ということで、1944年に国鉄に戦時買収されました。
戦後には早くから中央線との直通運転が始まり、中央線の101系化により直通電車は新性能化され、線内運用の旧型国電は1978年まで運行されました。
路線
1944(昭和19)年 国有化
青梅鉄道と五日市鉄道は、1944(昭和19)年4月に、南武鉄道とともに戦時買収により国有化されました。青梅線は立川〜御嶽間の全線電化で電車運転をしていました。一方、五日市鉄道は全線未電化で、買収に伴い立川〜拝島間は廃止され、青梅線と統合されました。
(文献P9212-1)
1944(昭和19)年 氷川開通、1949(昭和24)年 中央線直通運転開始
1944(昭和19)年7月には、奥多摩電気鉄道が建設していた御嶽〜氷川間が国鉄の手で開業しています。
終戦後の1949(昭和24)年7月からは、中央線から青梅までの直通運転が開始されています。
(文献P9212-1)
1961(昭和36)年 五日市線電化
五日市線の拝島〜武蔵岩井間は、1961(昭和36)年4月に電化されます。
武蔵岩井への電車は、一旦武蔵五日市に行った後、信号場まで戻ってからスイッチバックで武蔵岩井に向かいます。
(文献P9212-1)
1971(昭和46)年 岩井支線廃止
1971(昭和46)年3月に、五日市線の武蔵五日市〜武蔵岩井間が廃止されました。
また青梅電車区が廃止され、中央線の豊田電車区に集約されました。氷川駅は奥多摩駅に改称されました。これでほぼ現在の姿になります。
1978年には103系の転入により、旧型国電の運行は終了しています。
(文献P9212-1)
車両
戦前型国電
画像:所蔵写真(牛浜〜福生間 1957.2.5)
買収後の早くも1944年には17m国電や木造国電が転入し、1948年には20mのクハニ67が転入するなど、国鉄形へのシフトは早い方でした。
沿線に立川基地があったため、1947年には進駐軍専用車(白帯車)が登場し、1952年の米軍からの返還により、半室2等車に変わりました。写真の編成の2両目が半室2等のクロハ16です。
(文献P9212-5)
72系
撮影:上原庸行様(拝島駅 1969.8.21)
周辺の他路線と同様に、戦前型は徐々に72系に置き換えられていきます。
72系と戦前型が編成を組んでいた末期の写真。先頭は高運転台のクモハ73ですが、中間2両は17m国電です。
写真のクモハ73600番代は、関東郊外の電車路線ではよく見られる定番でした。
クモハ40+72系
画像:所蔵写真(拝島駅)
青梅線では両運転台のクモハ40が増結用として最後まで残されていました。
これは、72系4両編成に連結して5両編成とするもので、青梅での分割併合もありました。
写真はクモハ40072を最後尾に連結した「武蔵五日市」行。
(新性能化後)103系
撮影:武蔵増戸−武蔵五日市(1984.1.29)
1976年に京浜東北線などから103系が転入し、1978年までに旧型国電をすべて置き換えました。
当初はスカイブルーのまま運用されましたが、入場の際に中央線と同じオレンジ色に塗り替えられました。所属が中央線と同じ豊田電車区で、中央線から直通の101系の線内運用もあることから、同じラインカラーにしたようです。
写真は五日市線の旧岩井支線との分岐点。