関東郊外の電車路線

南武線 (1944-1978 / -1980)

南武線は、東海道本線川崎から中央本線立川までの本線と、尻手から浜川崎までの支線から成る路線です。
南武鉄道から戦時買収により、1944(昭和19)年4月に国有化されました。


路線
南武線

南武線は1944(昭和19)年4月に国有化されました。
戦後は山手線や中央線などの主要国電路線から17m国電が転入し、継続的にそれらからの転入により72系に統一されましたが、101系の転入で1978年に新性能化されました。
浜川崎支線は17m車の2両編成に限定されていましたが、1980年に101系の転入により置き換えられ、南武線の完全新性能化が完了しました。

車両
17m国電
南武線

撮影:八丁畷−川崎新町(1980.11.3)

南武線では長く活躍した17m国電。前面の行き先表示板のデザインは丸枠で、山手線を継承しています。
写真は浜川崎支線で1980年まで運行された2両編成。

72系
南武線

撮影:矢川−谷保(1978.4)

南武線の72系は、4両の基本編成と2両の付属編成で構成されていました。川崎−稲城長沼間は6両運転が可能ですが、稲城長沼−立川間は4両が限界なので、分割併合が可能な72系が重宝されました。
1978年に全線で6両運転が可能になったことを受け、すべて101系に交代しました。

(新性能化後)101系
南武線

撮影:西国立−矢川(1984.4.6)

1972年から総武線と同じカナリア色の101系が投入されました。実際は中央線からの転入車が多く、常にオレンジ色で転入し、入場都度カナリア色に塗り替えるという繰り返しで、混色編成が常に見られました。

(新性能化後)103系
南武線

撮影:谷保−分倍河原(1983.12.4)

1982年には中央線から103系の転入が始まります。中央線の103系はすべて冷房車なので、南武線の冷房化も進みました。
写真の編成もカナリア色の編成中にオレンジ色が混じっています。結果的に、205系以降のラインカラーに黄色のほかにオレンジ色が加えられることになり、現在に至ります。

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“ゲタ電”の頃