関東郊外の電車路線
横浜線 (1932-1979)
横浜線は、東海道本線東神奈川から中央本線八王子に至る路線で、横浜鉄道が建設したものを1917(大正6)年に国有化したもの。国有化後に電化されていますが、電車運転は昭和に入った後の1932年からです。終戦後は17m国電から20m国電、そして72系など長く旧型国電が運用され、1979年まで使用されました。路線
横浜線の電車運転は、1932(昭和7)年10月からで、東神奈川〜原町田間から始まりました。京浜線の桜木町までの乗り入れも同時に開始されています。原町田〜八王子間は、1941(昭和16)年4月からになります。
戦後の1964(昭和39)年5月に、根岸線の磯子延長にともない、直通運転も磯子まで延長されています。
車両
クモニ13+72系
撮影:原町田−淵野辺(1979.9.15)
横浜線は木造国電により電車運転を開始し、戦後は17m国電、20m国電、そして72系が転入しています。
写真は、荷物電車のクモニ13を併結した72系。一部の複線工事が終わっていますが、この電車はこちらに向かって来る上り電車で、まだ単線として使用しています。
72系
撮影:八王子−片倉(1978.4)
複線化工事区間を行く72系。先頭は元モハ63形の原形タイプですが、間もなく廃車となります。この時期、新性能化が進む青梅線や南武線などとの車両のやり取りにより、各路線とも車齢の新しい車両に細かく置き換えが進められていました。
(新性能化後)103系
撮影:成瀬駅(1984.3.22)
103系は1972年から横浜線に転入し、蒲田電車区と東神奈川電車区に配置されて7両編成で運用されました。山手線と同じウグイス色がラインカラーですが、京浜東北線からの転入車や共通運用の車両もあり、常にスカイブルーが混じっていました。
京浜東北線・根岸線への直通運転もあり、誤乗防止のため、どちらの色も前面に大きな路線名表示が掲げられていました。
1979年に72系が引退し、103系への統一が図られました。