関東の近郊路線
横須賀線 (1930-1968)
横須賀線は、海軍、陸軍の輸送を目的に東海道線大船から横須賀まで開業していた路線で、1925(大正14)年7月に電化され、電気機関車での運行を開始、1930(昭和5)年に電車運転を開始しました。当時としては長距離の電車運転であったことから、2扉クロスシートの32系を新造し、1931年からはこれを投入しています。終戦後は、「スカ形」と呼ばれる70系電車を投入、車体色も青とクリーム色の「スカ色」と通称されるツートンカラーを採用しました。
なお、東京〜大船間は東海道本線と線路を共用していますが、ほとんどの列車が直通運転をしており、営業上の呼称も東京から「横須賀線」とされていることから、ここもそれに倣います。
路線
1930(昭和5)年 電車運転開始
1925(大正14)年7月に大船〜横須賀間が電化され、1930(昭和5)年3月から東京〜横須賀間に電車運転を開始しました。
1944(昭和19)年 久里浜延長
1944(昭和19)年4月に横須賀〜久里浜間が開通し、横須賀線は完成形となりました。
車両は32系から戦後に70系へと変わり、田町電車区に配置されていましたが、1960年に新設された大船電車区に配置換えになりました。
車両
32系
画像:絵葉書(新子安−鶴見 1935〜36年)
1930(昭和5)年3月に電車運転を開始した最初期は在来車を投入しましたが、当時としては長距離の電車運転であったことから、2扉クロスシートの32系を新造し、1931年4月からはこれを投入しています。
終戦後の1950年に青とクリーム色の通称「スカ色」と呼ばれるツートンカラーに塗り分けられます。しかし、間もなく42系の転入や70系の新製投入に伴い、静岡地区へと転出します。
42系
画像:所蔵写真(新橋−品川)
1950年に関西から20m2扉車のモハ43などが転入して、17mのモハ32を静岡地区に転属させました。スカ色に塗り替えられ、翌年から新製された70系と混結して運用されました。前面に貫通幌を付けたスカ色の2扉車は、これまで関東では見られなかった貫禄ある姿でした。
70系
画像:横須賀駅開業100周年記念絵葉書(1989)
1951年に新製投入された70系は、湘南スタイルでスカ色のツートンカラーというスマートな出で立ちで横須賀線にデビューし、「スカ形」と通称されました。並行する東海道線の80系と異なり、3扉セミクロスシートで、他系列とも混結を前提にするという汎用車です。
113系の投入に伴い、1968年までに他路線へ転出しています。
(新性能化後)113系
画像:所蔵写真(戸塚−保土ヶ谷 1979)
1963年から近郊形電車の113系が投入され、1968年までに70系をすべて置き換えました。
70系の血統を引き継いだ3扉セミクロスシートの座席配置で、スカ色となっています。
(新性能化後)SM分離
画像:所蔵写真(1979.2.22)
スカ色と湘南色の113系が描かれた看板です。
横須賀線(列車番号S)と東海道線(列車番号M)は、長らく同じ線路を使っていましたが、1980年10月1日より、両社を分離する「SM分離」が行われる予告看板です。
横須賀線は、東京〜品川間は新設された地下線を、品川〜大船間は貨物線の品鶴線を走ることで、東海道線と分離され、両路線での増発が可能になりました。また、横須賀線は総武快速線と直通運転をするなど、これまでの運行体系を大きく変えます。
主な参考文献
- B5901 新出茂雄ほか(1959)「国鉄電車発達史」電気車研究会
- R8201-1 大那庸之助(1982)「横須賀線のスターたち」(レイル82秋)