湘南スタイルの塗り分け

湘南スタイルの80系、70系は、そのスマートな前面2枚窓から「湘南スタイル」と呼ばれ、国内の鉄道業界に大きな影響を及ぼしましたが、その塗り分け線も「金太郎腹掛け」などと呼ばれ、スマートさを引き立たせました。
しかし、3次曲面に曲線塗り分けを施すことの難しさもあり、その塗り分け線には試行錯誤が見られます。

1次形クハ86

初期の塗り分け線

登場時
80系
クハ86(1950〜51年)

2次車塗り分け
80系
クハ86(1951〜57年)


1950年に登場した湘南電車80系の1次形は、画期的な長距離用で、明るいツートンカラーを採用したものの、半流線形の3枚窓で、オレンジ色も濃すぎて評判は今一つだったそうです。(注1)
塗り分けは、初回の入場から、前面2枚窓の2次車に合わせて前面の黄かん色の面積を大きくする変更が行われました。(文献J7911-1)(注2)

塗装変更試案

塗装変更 試案A ①
試案A
クハ86001・002(1953〜59年)

塗装変更 試案A ②
試案A
クハ86002(1954〜59年)

塗装変更 試案B
試案B
クハ86005・006(1953〜59年)

評判の良かった前面2枚窓の2次車に比べ、3枚窓の1次車は評判が悪く、塗り分け線について、塗装変更を行うための試案が2種類示されました。2種類ともおでこの塗り分けが直線状になっているのは共通していますが、位置は異なります。結果的にそのままの採用にはなりませんでしたが、おでこの塗り分け線は生かされました。(注3)

新標準の塗り分け線

新標準塗り分け
湘南電車
クハ86(1957年〜)

1957年から、2次形の塗り分け変更に合わせて、1次形も塗り分けの変更が始まりました。
前面の上部は、試案Bに準じた直線とし、側面上部は2次車の新しい塗り分けに準じた斜め線となりました。前面の腰板は2次車に揃えた金太郎の腹掛け塗り分けを踏襲したものに統一されました。(注4)

湘南スタイルの塗り分け線の変化

湘南形の塗り分け
2次車登場時
クハ86

クハ86(1950〜57年)

関西急電色
クハ86

クハ86(1950〜57年)

関東に配置された湘南色と、関西に配置された関西急電色とでは、上部の塗り分けが異なりました。湘南色は前面の緑色が深く、側面は段差状になっています。一方、関西急電色は、斜めの直線状になっています。
なお、関東の70系のスカ色も、関西急電色と同じ塗り分け線でした。

関西急電カラーとの統合
クハ86

クハ86(1957年〜)

1956年の米原−京都間電化に伴い、湘南色の80系と関西急電色の80系のエリアがつながってしまい、80系はすべて湘南色に統一されることになりました。その際、色は湘南色に統一されるものの、塗り分け線は関西急電色の直線状のものに統一されることになりました。

モユニ81の塗り分け
登場時
モユニ81

モユニ81(1950〜57年)

80系2次車と同形のモユニ81は、関東地区に配置されて湘南色だったため、やはり段差状の塗り分け線でした。

変更案
モユニ81

モユニ81(1957〜61年)

変更後(採用)
モユニ81

モユニ81(1957年〜)

クハ86と同様に、1957年に直線状の塗り分けに変更されます。変更に際しては、2種類のパターンが試されました。
一つはクハ86と同様に幕板の緑色が広い塗り分けになりましたが、両運転台のため斜め部分の方が多くバランスが悪いため、本採用にはなりませんでした。
本採用された塗り分け線は、幕板の緑色の面積を少なくしたもので、両運転台でも違和感のない姿になりました。この塗り分け線は、飯田線に転出してスカ色になったクモニ83100番代にも踏襲されています。

阪和色の塗り分け
登場時
阪和色

70系(1955〜56年)

変更後
阪和色

70系(1957〜67年)

1955年から阪和線に投入された70系は、クリーム色と緑色のツートンカラー、いわゆる「阪和色」が採用されます。
当初、上部の緑色の幅が狭く、雨樋とその下の僅かな幅に過ぎませんでした。
1957年の全金属車300番代投入の際に、スカ色と同じ塗り分け線となり、幅が広くなりました。

80系の塗り分け(300番代全金属車)
300番代(通常)
モハ80

モハ80300番代(1957年〜)

300番代(岡山地区)
モハ80

モハ80300番代

1957年登場の80系300番代全金属車は、窓が大きくなった分、黄かん色の面積が増え、腰板の緑色の塗り分け線が下がりました。そのため、従来の半鋼製車と編成を組むと、塗り分け線に段差が生じます。
後に、関西、岡山地区に配置される300番代は、半鋼製車に合わせて腰板の塗り分け線を変えています。編成美は向上しましたが、300番代単体で見ると、バランスの悪い塗り分けになっています。

金太郎腹掛けの塗り分け線

日立製・川崎車輌製
関西急電色
クハ86044〜046・047〜050

日本車輌製
関西急電色
クハ86051〜054

汽車会社製
関西急電色
クハ86055〜056

1950年に京阪神間の急電に新製投入されたクハ86には、前面の塗り分けに違いがありました。
日立製作所製(043〜046)は前面窓枠が少し広く、川崎車輌製(047〜050)はV字形の幅が広く、日本車輌製(051〜054)はV字形の始まりが隅曲面からで僅かに狭く、汽車会社製(055〜056)は上部塗り分け線が高くカーブも逆だったということです。(文献F7808-1)

単色

ぶどう色
ぶどう色
70系(1954〜62年・1965〜66年)

スカイブルー
スカイブルー
クモユニ81003(1969〜81年)


ツートンカラーを標準とする湘南スタイルでも、単色に塗られた車両があります。
京阪神緩行線(東海道線・山陽線)では、1952年から中間車のモハ70がぶどう色単色で配置されていましたが、1954年からは先頭車のクハ76がぶどう色単色で登場しています。「茶坊主」と通称されます。
1962年までに一旦すべて転出しましたが、横須賀線の新性能化により1965年に一時的に転入により復活しています。
大糸線では、1969年にクモユニ81が1両転入し、他の戦前型電車と同じ青22号の単色に塗装されました。こちらは「茶坊主」をもじって「海坊主」などと呼ばれました。

併用される一般車の塗り分け

曲線塗り分け

代用急電
代用急電
クハ55・68(1952〜54年)

阪和色
阪和色
モハ61・クハ6210(1955〜59年)

新潟色
新潟色
クハ68(1964〜78年)

代用急電
関西急電に80系が新製投入された後、不足する80系の補完として、1952〜53年に70系を関西急電色に塗装した「代用急電」が運転されました。先頭車は戦前型(クハ55→クハ68)が用いられ、前面幕板部分が80系のように塗り分けられました。(文献B9801)
文献P0202(鉄道ピクトリアルNo713)P3に、1954年4月撮影の写真があるため、1954年まで使用されたことが分かります。
第1期代用急電(1952年)
55087+70115+70116+70117+55064
第2次代用急電(1953年)
68099+70115+68060+70116+68078
(文献B8203)

阪和色予備車
阪和線には70系が阪和色で急行・特急用に新製投入されますが、不足する予備車は在来車のモハ61001とクハ6210(阪和形)が阪和色に塗り替えられて充当されました。前面の塗り分け線は、70系に準じています。1959年に解除されました。
6210+61001

新潟色
新潟地区に投入された70系は、赤と黄色の新潟色に塗装されますが、先頭車には戦前型クハ68も含まれており、同様に塗り替えられました。前面の腰板の塗り分けは、70系に準じて曲線になっていますが、貫通扉は避けた塗り分け線になっています。この塗り分け位置は、貫通扉のない車両も同様でした。

通常塗り分け(直線)

湘南色(東北線・高崎線)
湘南色
クハ47(1959〜63年)

スカ色(中央西線ほか)
スカ色
戦前型国電(1966〜83年)


湘南色
高崎線、東北本線で80系と併結するクハ47、サハ48が、一般車両では珍しく湘南色に塗られました。前面の塗り分け線はごく普通の直線塗り分けです。また、飯田線で戦前型に採用された湘南色と異なり、塗り分け線はウィンドシル・ヘッダーの上下にあります。(注5)
スカ色
1966年に中央西線に70系が転入するに当たり、先頭車として関西から転入したクハ68もスカ色に塗られました。70系と組み合わせて使用される戦前型は珍しくありませんが、この中央西線から、前面の塗り分けを115系風にするケースが現われました。

主な参考文献
  • B6201 星晃ほか(1962)「電車のアルバム」
  • B6802 沢柳健一ほか(1968)「国鉄電車のあゆみ −30系から80系まで−」
  • F7808-1 奥野利夫(1978)「関西急電ものがたりA」(鉄道ファンNo.208)
  • J7911-1 福崎直治(1979)「長距離電車のルーツ湘南電車」(鉄道ジャーナルNo.153)
  • B8203 鉄道史資料保存会(1982)「関西国電50年」
  • R8301-1 星晃(1983)「湘南電車誕生の頃の思い出」(レイル83夏)
  • R8301-2 大那庸之助(1983)「湘南電車の祖80系の一生」(レイル83夏)
  • B9801 巴川享則(1998)「国鉄電車回想Ⅱ」
  • F9905-1 手塚一之(1999)「思い出の80系湘南電車」(鉄道ファンNo.457)
  • B0302 沢柳健一(2003)「旧型国電50年Ⅱ」
  • P0403-1 沢柳健一(2004)「80系湘南形電車のあゆみ」(鉄道ピクトリアルNo.743)
  • Z0501-1 三宅俊彦ほか(2005)「湘南電車80系」(Jtrain vol.19)
  • B1101 久保敏(2011)「鉄道青春時代−国電(Ⅱ)」
  • M2101 高井薫平(2021)「横須賀線70系時代(上)(下)」
(注1)
文献R8301-1(星1983)によると、最初の湘南色はオレンジ色というより柿色に近く、批判があったため、後に後に黄味を増した方へ色相をずらした。
文献R8301-2(大那1983)によると、翌年度分からオレンジ色を変更、初期車も順次塗り替えたという。
(注2)
前面上下のオレンジ色の面積が拡大された塗り分けの写真では、文献F9905-1(福崎1999)P22に1952年3月撮影の写真があり、遅くとも1952年には似り分け変更車両が存在していたことが分かる。
(注3)
1次形クハ86の塗り分け線の試案については、文献B0302(沢柳2003)P108には、「昭和29年から試験的にA・B案を作り似合ったスタイルの研究に資した」とある。同じ著者による文献0403-1(沢柳2004)では、「塗装時期は1952年か1953年といわれている」と書かれている。
一方、文献J7911-1(福崎1979)には、1953年6月29日撮影のA案の写真があることから、上記の1954(昭和29)からとの記載は誤りである。
また、文献B6201(星1962)P95には、クハ86002について「最初は正面窓わくもグリーンにぬられていた」と書かれている。これは文献M2101(高井2021)上巻P38に、窓枠緑色の写真(1953年10月撮影)があり、文献B6802(沢柳1968)に1954年12月撮影の窓枠オレンジの写真があることから、その間に塗り替えが行われたものと思われる。
(注4)
文献Z0501-1(三宅2005)P36には、1次車が更新修繕前(つまり前面窓木枠)で新塗り分けになった写真(1957年11月撮影)があり、1957年から塗り分け変更が行われたことが分かる。
(注5)
B1101(久保2011)P4に、サハ48024が湘南色に塗り替えられた写真(1959年4月大井工場で撮影)があり、1959年に湘南色に塗り替えられたと思われる。
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“ゲタ電”の頃