混色編成のいろいろ

国鉄時代には、車両の広域移動が頻繁に行われており、それに路線カラーの変更が加わり、各地で混色編成が見られました。
現在ほど地域や路線による車両システムの違いもなかったため、転属した車両は短期間で営業運転が可能です。そのため、わざわざ外部塗色を変更する手間や時間をかけず、次の工場入場まで塗色はそのままで使用する方が合理的だったのです。
ここでは、そんな時代の旧型国電の混色編成を、眺めてみます。
(参考資料の文献番号は、書庫に記載した文献です)

仙石線
気動車色+ぶどう色+ウグイス色
仙石線

クモハ73+クハ79+クモハ54+クハ68(1967)   参考:文献B9803(P153)

仙石線では気動車色が採用されており、1966年から転入が始まった72系も気動車色に塗り替えられました。転入したての車両はぶどう色のままで使用されました。
その後、1967年に転入が始まったクロスシート車からはウグイス色が採用され、過渡期には混色編成が存在しました。

ウグイス色+スカイブルー
仙石線

クハ79600番代+モハ72970番代+モハ7297番代+クハ79600番代(1981)

仙石線には103系並の車体に更新した72系があり、1980年の103系転入後も継続使用されました。そこで、それまでのウグイス色から、103系に合わせたスカイブルーに順次塗り替えられました。しかし、入場周期の違いから、しばらくの間混色編成となっていました。
イラストの編成は、1両ごとの色違いですが、新性能電車だとMMユニットは基本的に同じ色になるため、このような混色編成は旧型国電ならではのものです。

日光線
湘南色+ぶどう色
日光線

80系+クモハ40(1963)   参考:文献R8301-2

80系2両とクモハ40という3両編成。1963年3月のダイヤ改正から開始されたそうですが(文献P7205-1)、宇都宮運転所の80系は同年中に転出していますので、短期間だったと思われます。

ぶどう色+スカ色(1等車帯付)
日光線

クモハ40054+サロ75010+クモハ40113(1965.11)   参考:文献P0304-1

日光線にはぶどう色の戦前型が配置されており、転入車でスカ色が混じることもありました。1965年6月に横須賀線から70系サロ75が転入し、1等車帯を付けたまま2等車代用として使用されています。サロ75は1966年3月には飯田線に転じたそうです。(文献P7205-1)

総武線
スカ色+ぶどう色
総武線

クモハ41013+モハ72+サハ57010+モハ72(1953)   参考:文献M0402(P14・17)

戦後の混乱期に横須賀線にモハ41やモハ63などのロングシート車が転入し、中でもサハ57は2等車代用として使用されました。これらのうち3扉のモハ41、サハ57はスカ色に塗装されましたが、1953年頃には役目を終えて総武線に集められました。
また、これより前の1952年にも、横須賀線で使用されたクロハ69がスカ色のまま総武線に転入しています。
総武線とスカ色との関係は、意外にも古い歴史があったということです。

ぶどう色+スカ色(特発電車)
総武線

クモハ73+モハ72860+モハ72857+モハ72856+クモハ73+クモハ73(1962.2)   参考:文献P1711-2(P23)

総武線の冬の通勤時間帯に、混雑に応じて待機した編成を走らせる「特発電車」に見られた混色編成。津田沼電車区のクモハ73と、中央線の三鷹電車区から借り入れた低屋根のモハ72による6両編成。
モハ72の低屋根車は、既に70系と混結で中距離列車に使用するためスカ色になっていました。ぶどう色が基本の関東の通勤路線で、スカ色が組み込まれた珍しい編成。

総武本線(房総各線)
ぶどう色+オレンジバーミリオン
総武本線

クハ79+モハ72+モハ72+サハ78+(1975.1)   参考:文献P0005(P63)

1968年から1974年にかけて、房総地区の電化が急速に進み、ぶどう色の72系は首都圏の転属車だけでは間に合わなくなり、関西からも多くの車両が転じてきました。中でも阪和線からの車両は、首都圏では見られないオレンジバーミリオンの旧型国電でした。

鶴見線
ぶどう色+オレンジバーミリオン
鶴見線

クモハ73+モハ72970+クハ79(1973.8)   参考:文献C1701(P19)

1972年に103系並の車体に更新されたモハ72970は、その車体に似合うようにオレンジバーミリオンに塗装されました。鶴見線に配置され、当時の主力だった3段窓の72系に挟まれて運用されましたが、1974年に通常のぶどう色2号に塗り替えられました。

上越線・信越本線
スカ色+ぶどう色+新潟色
上越線

クハ76049+モハ70108+モハ70114+クハ68104(1964.3)   参考:瀬古龍雄(1978)「新潟を走った旧型国電の16年」(鉄道ジャーナルNo.136)

1962年に京阪神緩行線から新潟に転入したぶどう色の70系やクハ68は、1963年には黄色と赤の新潟色に塗り替えが始まります。その後、1964年には京阪神緩行線だけでなく、横須賀線からも転入車があり、新潟色に塗り替えられた車両と、京阪神緩行線のぶどう色、横須賀線のスカ色のままの車両が混結された編成も存在しました。

新潟色+湘南色
上越線

クハ76+モハ70+サハ85+モハ70+モハ70(1975.7)   参考:文献R7601-1

新潟色の70系に、転入してきた80系サハ85が湘南色のまま組み込まれた混色編成。サハを組み込むのは6両編成のみ。

信越本線
スカ色+ウグイス色
信越線

クハ68+モハ70+モハ70124+クハ76(1975.4)   参考:太田正行(1975)鉄道ファンNo173(P105・投稿記事)

信越本線軽井沢−柏崎間で運用されていた70系には、1975年に仙石線からモハ70、クハ68の転入があり、スカ色にウグイス色が組み込まれた混色編成が見られました。

篠ノ井線
スカ色+スカイブルー
篠ノ井線

クハ68011+クモハ41800+クハ55439+クモハ43810(1977)

1975年に身延線から篠ノ井線松本ローカル(聖高原〜上松間)用に転属した車両は、大糸線の北松本支所に配属されました。篠ノ井線は2両単位の編成なので、転入したサハ45を大糸線で使用し、クハ55を篠ノ井線用に振り向けるなど、スカ色(元身延線)とスカイブルー(元大糸線)との混色編成が当初から見ることが出来ました。
その後、順次スカイブルーへの塗り替えが行われますが、1977年には80系に置き換えられ、運用がなくなりました。
クモハ43810は、スカ色のまま大糸線に転じています。

大糸線
スカイブルー+スカ色
大糸線

クハ55+クモハ51+サハ45+クモハ60(1975.6)

上記の篠ノ井線用に北松本支所に転属してきた身延線の車両のうち、サハ45は3両編成や4両編成がある大糸線で使用することになり、塗替えまでの間スカ色のまま使用されました。

富山港線
ツートンカラー+ぶどう色
富山港線

クモハ2000+クハ5500(1960)

普通ぶどう色との混色と言えば、ぶどう色から新塗色への塗り替えとか、ぶどう色の転入車とかが多いのですが、この時の富山港線は逆でした。つまり、クリーム色とブルーのツートンカラーをやめて、ぶどう色に塗り替えることになったのです。

スカイブルー+ぶどう色
富山港線

クモハ73+クハ79(1975.11)   参考:文献F7602(P49)

富山港線は72系転入後の1968年にスカイブルーに塗装変更されます。その後も、全金属車への体質改善が図られ、関西などから転入した車両は、工場入場まではぶどう色のまま使用されました。

御殿場線
スカ色+ウグイス色
御殿場線

クモハ73+サハ78+サハ78+クモハ73(1976)

1976年に中央東線の70系が呉線に転属し、呉線を追われた72系のうちトイレ付のサハ78が御殿場線に移ってきました。アコモ改造によりアルミサッシなど近代化されているのが特徴です。間もなくスカ色に塗り替えられました。

スカ色+ぶどう色
御殿場線

クハ79937+モハ72920+サハ78455+クモハ73902(1978.8)

御殿場線は電化当初からスカ色の旧型国電で揃えられていましたが、その後に首都圏や関西から転入した車両は、工場入場までぶどう色のまま使用され、混色編成が見られました。こちらの例は、総武本線から転入した全金属車を挟んだ混色編成。御殿場線の72系では最後の混色編成となりました。

身延線
スカ色+湘南色
身延線

クハ47+クモハ43+サハ45012+クモハ14(1970.5)   参考:文献P9802 (P29)

飯田線から身延線に転じたサハ45が湘南色のまま使用されています。
飯田線では、1968年に湘南色からスカ色に変更していますが、1970年時点でまだ塗り替えが終了していなかったようです。上部の塗り分け線は、流電に合わせて上の方にあります。

スカ色+ぶどう色+オレンジバーミリオン
身延線

クハ47+クモハ51828+クハ47+クモハ60800(1970.8)   参考:神谷静治(1970)鉄道ファンNo114(P103・投稿記事)

1970年に身延線クモハ14を置き換えるため、クモハ51とクモハ60を低屋根改造の上800番代として身延線に投入しました。その際に、京阪神緩行線からのクモハ51はぶどう色のまま、阪和線からのクモハ51830とクモハ60800はオレンジ色のまま使用されました。
オレンジ色の2両は1970年中にスカ色に変更されたようですが、ぶどう色のクモハ51は文献B7101に1971年撮影の写真があります。

スカ色+スカイブルー
身延線

クハ55+クモハ51850+サハ45+クモハ41850(1975.9)   参考:文献F7602-1(P67)

大糸線から戻って来たクモハ51850は、しばらくの間、スカイブルーのままで編成に組み込まれていました。

飯田線
スカ色+関西急電色
飯田線

モハ32035+サロハ66018+モハ32028(1951.12)   参考:文献F9811-1

80系や70系の新製により、戦前型電車が飯田線に転属してきて、買収電車や木造電車などの“雑形”を順次置き換えます。1951年には、横須賀線から転入のスカ色のモハ32と、阪和線から転入の関西急電色のサロハ66018が手をつなぐ、関東・関西のコラボが見られました。(文献F9811-2)

関西急電色+飯田線快速色
飯田線

クハ47021+モハ32(1952)

茶色とクリーム色のツートンカラーという共通点はあるものの、実際の色調は異なっていたと思われる「関西急電色」と「飯田線快速色」の混色編成。
クハ47021は、阪和線から転入の際に「関西急電色」のまま飯田線に入り、1952年3月にその色のままクハ化されていました。その後、1952年11月にぶどう色に塗り替えられたそうです。(文献F9811-2)
一方の「飯田線快速色」は1952年4月に採用されたカラーで、在来車が順次塗り替えられています。(文献P7205-1)
従って、1952年4〜11月の間に、この混色編成が見られた可能性がありますが、明確な記録はありません。(白黒写真の場合、モハ32がスカ色か飯田線快速色かが見分けられない例もあり)

飯田線快速色(旧)+スカ色+ぶどう色
飯田線

クハ18051+モハ42008+クハ18011+モハ14001(1957.8)   参考:文献P0004(P32)

飯田線の旧型国電がスカ色に統一されたのは1968年のことですが、それまでにも横須賀線から転属してくる車両はスカ色のまましばらく使用されることが多々ありました。この時は、伊東線で使用されていたクモハ42がスカ色のまま転属してきて、茶色とクリーム色の飯田線快速色(旧)と編成を組んでいるところ。
クモハ42は、その後間もなく新たな快速色に塗り替えられます。

ぶどう色+飯田線快速色(旧)+飯田線快速色(新)
飯田線

クハ18+モハ14+クハ18051+モハ52005(1957.10)   参考:文献P0004(P32)

1952年から17m車を中心に展開されてきた飯田線快速色(旧)は、茶色とクリーム色のツートンカラーでしたが、1957年に流電をはじめとした20m2扉車に採用された新塗色は、スカ色(当時)の青2号と湘南色の黄かん色の組合せとなりました。
切り替え途上にあった混色編成です。

スカ色+飯田線快速色(新)
飯田線

クハ47+モハ52(1957.12)   参考:文献F9912-1(P81)

1957年から導入された新しい快速色の時期にも、横須賀線から転入したスカ色のままの車両との混色が見られました。これらスカ色も、間もなく快速色に塗り替えられます。

飯田線快速色(新)+湘南色
飯田線

クモハ52003+クハ47116+サハ48034+クモハ52004(1963.10) 参考:文献F9912-1(P90)※

1963年に、飯田線の快速色はそれまでの青2号と黄かん色のツートンカラーから、湘南色に変わります。
張上げ屋根車の場合、それまでの快速色では張上げ屋根部分が灰色に塗られていましたが、湘南色では車体色と同じになりました。
※参考文献によると、湘南色への塗り替えはサハ48034(1963.4.16)、クモハ52004(1963.9.23)、クモハ52003(1963.10.25)の順。これと全く同じ編成があったかどうかは不明。

湘南色+スカ色
飯田線

クモハ42+サハ48+サハ75+クモハ52(1966.9)   参考:文献P8305(P29)

湘南色の戦前型にスカ色のサハ75が挟まれた混色編成。横須賀線の新性能化により、スカ色のまま飯田線に転属してきた車両が、湘南色の4両編成に組み込まれました。
横須賀線から飯田線への転属車両がスカ色のまま使用されることは何度もありますが、この後、1968年になると、スカ色は飯田線の標準色になります。
このサハ75は、他車に合わせて湘南色に塗り替えられるものの、間もなく再度スカ色に戻されることになります。

スカイブルー+ぶどう色+湘南色+スカ色
飯田線

クモハ51027+クハ68094+クハ47102+クモハ42008+サハ75007+クモハ52002(1969.11)   参考:文献P0304-4(P57)

1969年に大糸線から飯田線に転属してきたクモハ51027がスカイブルーのまま、京阪神緩行線から転属してきたクハ68094がぶどう色のままで、2両編成を組みました。
これに湘南色からスカ色への塗り替え過渡期の4両編成が連結され、4色混色になりました。

スカ色+湘南色
飯田線

クモハ52+サハ87001+サハ48+クモハ52(1971.11)   参考:文献P7205(P29)

飯田線でのスカ色と湘南色との混色にはいくつかのパターンがありますが、これはスカ色が標準カラーになった1968年以降の混色編成。
1971年に80系サハ87001が1両だけ転入し、流電などの4両固定編成の中間車として使用されました。転入当初は湘南色のままでしたが、後に80系には珍しいスカ色に塗り替えられました。

東海道線・山陽線
関西急電色+湘南色
関西急電

+モハ80+サハ87+モハ80+モハ80300番代+クハ86(1958.1)   参考:文献B6802(グラビア)

京阪神間の急行電車は80系の投入と同時にマルーンとクリーム色の関西急電色が採用されました。しかし、1957年の米原電化により東海道線全線で80系が運行されるようになると、カラーの統一が必要になり、80系はすべて湘南色に塗り替えられます。この編成は、その最初期に5両編成の関西急電に、湘南色のモハ80が組み込まれて6両編成になった姿。1年程度で塗り替えが完了したため、この混色編成の記録は多くはありません。

阪和線
オレンジバーミリオン+カナリア色
阪和線

クモハ20+クハ25005(1962.10)   参考:文献B1101(P6)

阪和線の塗装変更の試験編成は、オレンジバーミリオンとカナリア色。旧型国電でのカナリア色は、本格導入事例はありません。しかし、このカナリア色は1967年時点での写真にも写っており、1968年の阪和形全廃まで走り続けたようです。

阪和色+オレンジバーミリオン
阪和線

クハ76+モハ70+モハ70+クハ76+クモハ60+クハ55

阪和色の70系に、オレンジバーミリオンの戦前型が増結された編成。

阪和色+スカ色
阪和線

クハ76+モハ70+モハ70+クハ76(1968.11)   参考:文献B0302(P14)

阪和線のみのカラーだった70系の阪和色は、1967年から70系標準のスカ色に塗り替えられることになりました。その過程で、混色編成となっています。

スカ色+オレンジバーミリオン
阪和線

クハ76+モハ72+モハ72+モハ70+モハ70+クハ76(1976)

阪和線では1976年に全線で6両運転が開始され、これまで4両固定編成で整っていた70系にオレンジ色の72系や戦前型が混じる編成が増加しました。(文献P0302-1)
もっとも1977年には旧型国電がすべて廃止となり、乱れた混色編成も1年程度で終わりました。

福塩線
オレンジバーミリオン+ブライトブルー+ぶどう色
福塩線

クモハ41+クモハ41+クハ68(1971)   参考:THE電車

福塩線では1971年から青20号の単色塗装を採用します。塗り替え途上にも、関西からぶどう色やオレンジバーミリオンの車両が転属してきて、混色編成が発生していました。

スカ色+ブライトブルー+ぶどう色
福塩線

クハ76+モハ70+クハ68+クモハ51(1977.7)   参考:文献F7707(P72)

福塩線には、1977年に阪和線から70系が転入します。最終的には70系のみの4両編成に統一されるのですが、転入の過程で、在来車のクモハ51、クハ68との混結編成も見られました。この時点でぶどう色のままのクモハ51も存在しており、3色混色が見られました。

呉線
スカ色+ウグイス色
呉線

クハ76+モハ72+モハ72+クハ79(1977.4)   参考:文献P1711(P44)

呉線は1970年からウグイス色の72系で運行されていましたが、1976年に中央東線からスカ色の70系が転入しました。ほとんどの72系が呉線を去りましたが、中間車のモハ72が残存し、ウグイス色のまま70系と組み合わせて使用されました。また中央東線で70系とともに使用されていたクハ79も転入し、スカ色のまま使用されました。

混色編成の存在について
  • 国鉄時代の車両は、鋼製車体に全塗装していたため、塗り替えには手間と時間がかかり、転属都度に実施できなかったため、異なる色での運行が多く見られました。
  • 現在のようにシステム化がされていなかった時代なので、路線ごとの運転上の相違点は少なく、転属した車両を短時間で使用できることから、塗り替えは後回しになりました。
  • 現在のように編成単位での車両管理ではなかったため、編成内での検査周期もまちまちであり、頻繁に編成内での車両の入れ替えが見られました。結果的に、異なる塗色の車両が色々な組み合わせで編成され、それも日々変わることがありました。
  • このページのイラストについて
    • 車両イラストについては、文献B6702(日本の車両スタイルブック)をベースに、作成しています。
    • あくまでも混色編成を再現するためのイラストなので、車両の細部については、実際と異なります。
    • 車両の向きは、形式図の基本に則り、左側を上り側とすることを基本にしています。
    • 編成の実例は、私が実物を確認したもののほか、「参考」と記載した参考文献をもとにしています。
    • ぶどう色との混色編成については、塗り替え過程、転属により各地で発生しているため、一部を除き掲載していません。
    • 当時は電車区都合で1日単位で編成が変わる場合があり、「こんな混色編成があった」というのは写真などの記録で証明されますが、「こんな混色編成はなかった」という証明はほぼできません。また、電車区内で組成したものの、本線走行はしていないケースもあるかもしれません。
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“ゲタ電”の頃