等級帯
かつての旅客車には1等車から3等車まで等級があり、それぞれ運賃が異なりました。外観から等級を見分けられるように、窓下に色分けの帯が入っていました。
時期によって等級や帯の色が変わったり、最終的には等級が廃止され、現在の「グリーン車」「普通車」の呼称に変わっています。
等級帯
1等車〜3等車
1等車(白帯)
スイテ48
イロハの「イ」の記号を持つ1等車、1等寝台車は窓下に白色の帯を入れていました。また白帯にローマ数字で「Ⅰ」の数字が入っています。
なお、1等車は客車のみに存在し、電車には存在しません。
2等車(青帯)
サロ45
イロハの「ロ」の記号を持つ2等車、2等寝台車は窓下に青色の帯を入れていました。また青帯にローマ数字で「Ⅱ」の数字が入っています。
戦前型電車が活躍していた頃の2等車は、京浜線、横須賀線、京阪神緩行線で使用されていました。
3等車(赤帯)
モハ30
イロハの「ハ」の記号を持つ3等車、3等寝台車は窓下に赤色の帯を入れていました。また赤帯にローマ数字で「Ⅲ」の数字が入っています。
3等車の等級帯廃止
3等車
モハ32
1930(昭和5)年に、電車の3等帯が廃止されました。ローマ数字の「Ⅲ」は残されています。
鋼製車では、30系、31系までは赤帯がありましたが、32系以降は帯なしになりました。
なお、客車については、1940年に3等車の赤帯が廃止されましたが、これは戦時下における物資の節約目的であったと思われます。
進駐軍専用車(白帯車)
戦争終結後の1945(昭和20)年9月から米国軍隊の進駐が始まり、1946年1月から東京地区の京浜東北、山手、中央、総武、横須賀、横浜、青梅の各線に米軍専用車の運転が開始されました。2月からは大阪地区の京阪神緩行線、城東線、阪和線で、翌1947年4月からは仙石線でも運転が開始されました。
これら進駐軍専用車は、窓下に白い帯が入れられており、通称「白帯車」と呼ばれました。
日本国有鉄道の発足後、1949年から順次解除が進み、1952年4月28日平和条約の発効とともに返還され、多くが2等車に生まれ変わりました。(文献M0101)
東京地区・米軍専用車(1946.1〜)
クハ65
東京地区の連合軍専用車は、これまでの等級帯の2倍の太さの白帯を入れています。
白帯には「U.S.ARMY SECTION」と書かれ、その下に日本語で「米軍専用車」と書かれています。全室指定車の場合は、「SECTION」が「CAR」になります。
白帯にしたのは、第3輸送司令官が従来の国鉄1等車の白帯を見て気に入ったからだそうです。(文献M0101)
東京地区・連合軍専用車(1946.11〜)
クハ65
1946年11月ごろから、イギリス軍及びオランダ軍による進駐が始まり、これに伴って表記も米軍から連合軍に変わり、「ALLIED FORCES SECTION」(全室の場合「CAR」)と書かれるようになりました。(文献M0101)
イエローボール(1947.8〜)
クハ65
1947年8月ごろから、連合軍専用車の側面に黄色い丸が貼られるようになり、“Yellow Ball”と呼ばれました。これは、アメリカの民間人が増えてきたため、連合軍でなくても利用できることを示したものです。日本語では「黄球車」と呼んだそうです。(文献M0101)
イエローボール+2等表記(1947.9〜)
クハ65
1947年9月3日から、「2」等車表示が加えられ、空席がある場合のみ日本人の乗車が認められました。
1949年6月に日本国有鉄道が発足し、同年10月21日からイエローボールを消して、2等車表記に統一されました。(文献M0101)
大阪地区・連合軍専用車(1946.4〜)
クハ55
大阪では1946年2月1日から連合軍専用電車が運転されており、4月3日から専用車を明示しています。
白帯が細いのが特徴ですが、東京でも最初は細かったそうです(文献M0101)。
東京と同様に占領形態の変化とともに日本人も乗れるようになり、城東線は1947年11月に指定解除、阪和線では1949年12月に指定解除されています。(文献B8203)
終戦後(1等車・2等車)
1等車(クリーム色2号帯)
マイテ58
進駐軍専用車が白帯を採用したため、1等車は終戦後にクリーム色2号の帯色に変わりました。初期のスカ色の窓まわりと同じ色です。
2等車(青1号帯)
クハ65
1949年初頭から連合軍専用車の指定解除が始まり、青の細帯を巻いた2等車が復活します。1951年11月からは全車が塗り替えられ、記号もクロハとなりました。(文献M0101)
なお、戦後の2等車の青帯は、戦前の青帯より薄色の青1号になりました。
横須賀線2等車(帯なし)
サロ45
1950年に横須賀線にスカ色が採用され、連合軍専用車も指定解除により2等車が復活しました。その際、スカ色車両の等級帯が省略されました。ローマ数字の「Ⅱ」は所定の位置に入っています。恐らく青2号の腰板に青1号の等級帯を入れても目立たないからだと思われます。
横須賀線2等車(青1号帯・白線付)
サロ45
間もなく横須賀線のスカ色にも青1号の帯が入りますが、地色の青2号との区分のため、細い白線が入れられました。
等級の改正(1960年)
新1等車(旧2等車)
サロ45
1960年7月1日に等級の変更が行われ、1等車(旧)が廃止になり、2等車(旧)は1等車(新)に、3等車(旧)は2等車(新)に変更になりました。
帯の色はこれまでと変わらず、1等車(新)は青帯です。結果的に等級帯があるのは1等車(新)だけになりました。
この時に、側面窓下のローマ数字も廃止されました。
等級帯色の変更(1961年)
1等車(淡緑6号帯)
サロ45
1961年に1等車の等級帯が、これまでの青1号から淡緑6号に変更になりました。
横須賀線のスカ色については、この時に地色の青色との区別が明確になったため、白線はなくなりました。
等級の廃止(1969年)
グリーン車
サロ165
1969年に1等車、2等車といった等級が廃止になり、1等車は「グリーン車」に、2等車は「普通車」に呼称が変わりました。
グリーン車は、これまでの淡緑6号の帯を踏襲し、ドア脇に四つ葉のクローバーをデザインしたグリーン車のマークを付けています。
なお、この時期に旧型国電の1等車は既になくなっており、当然、旧型国電のグリーン車も存在しません。
主な参考文献
- B5901 新出茂雄ほか(1959)「国鉄電車発達史」電気車研究会
- B6802 沢柳健一ほか(1968)「国鉄電車のあゆみ −30系から80系まで−」交友社
- B8203 鉄道史資料保存会(1982)「関西国電50年」
- M0101 浦原利穂(2001)「関東省電の進駐軍専用車」(RM LIBRARY 26)
- B0202 沢柳健一(2002)「旧型国電50年T」JTB
- Z2101 国鉄色ハンドブック(鉄道模型趣味2021-7増刊)