クハユニ56形

クハユニ56形は戦後の1951〜52年に、飯田線用に改造された郵便・荷物合造車で、クハニ67形を改造した基本番代と、モハユニ61形(無電装)を改造した10番代があります。全車とも上り向きに揃えられ、飯田線全線を走破する郵便・荷物輸送列車の先頭に立って1983年まで使用されました。

001〜004
クハユニ56001
クハユニ56001

撮影:伊那松島機関区(1981.4.3)

001はクハユニ56中唯一のリベット付で、クハニ67の1次車を1951年に改造した車両です。荷物室の後位の客室側を郵便室として区分したほか、客席はセミクロスシートに、後位(3位側)にトイレを新設しました。元々荷物扉が2個あり、扉間の客窓が6個あったため、これら改造後も外観はほとんど変わっていません。(注1)
001のみ更新修繕Ⅱが遅く、豊川工場で1958年に施工されているため、前面窓が3枚ともHゴム支持になり、特徴的な前面スタイルとなっています。

クハユニ56002
クハユニ56002

画像:所蔵写真(1952〜54)

002〜004は1940年製のノーシル・ノーヘッダーの車両です。
クハニ67からクハユニ56に改造され、1954年の更新修繕Ⅱで標準化改造される前の張上げ屋根の時代の写真です。客用扉は鋼板プレスドア化されています。

クハユニ56004
クハユニ56004

画像:所蔵写真(豊橋機関区 1957.4.2)

1957年に更新修繕Ⅱを受けて標準化され、普通屋根、グローブ型ベンチレーター、前面の2枚ガラスを1枚ガラスにするなど姿を変えました。前照灯はまだ埋め込み式のままです。

クハユニ56002
クハユニ56002

撮影:豊橋機関区(1978.3.26)

前照灯が250Wに交換されて取付式となり、ツートンカラーのスカ色になった最終期の姿です。
運転台前面窓は、自動ワイパーの取付に伴い、窓枠上辺が下がりました。中央の前面窓は下部に通風器が取り付けられて、こちらは下辺が上がりました。

クハユニ56004
クハユニ56004

撮影:川路駅(1982.4.2)

クハユニ56は6両全車が1983年まで残されますが、1978年以降運転台前面窓をHゴム化する改造が行われ、上部にワイパーのある車両はそのままの窓枠で改造されたため、腫れぼったい目をしているようなスタイルでした。

011・012
クハユニ56012
クハユニ56012

画像:所蔵写真(豊橋機関区)

モハユニ61の改造車は10番代となりました。戦時中の新造車で無電装だったため、飯田線転入にあたり、そのままクハユニとなりました。荷物室の扉が広く、郵便室の扉が狭い点など、基本番代とは外観に違いがあります。

クハユニ56011
クハユニ56011

撮影:伊那松島機関区(1978.12.31)

011は戦時中に荷物扉・郵便扉を木造車のものに交換していたようで、窓の小さい扉を付けています。この特徴は、身延線のクモハユニ44801と共通しています。

クハユニ56011
クハユニ56011

撮影:川路駅(1982.4.2)

やはり1978年以降に運転台前面窓をHゴム化する改造が行われました。この車両は窓ガラスの位置が若干高いので、違和感は軽減されています。

表3-56 クハユニ56改番表
表3-56
主な参考文献
  • B7101 浅原信彦(1972)「国鉄電車ガイドブック 旧性能電車編(下)」誠文堂新光社
  • B9701 沢柳健一(1997)「旧型国電車両台帳」ジェー・アール・アール
(注1)
文献B6802(沢柳1968)P42、文献B0202(沢柳2002)P92によると、クハユニ56001の中央扉は735mmだったため、1958年に1,100mmに拡張されたとのこと。文献B0202のP80に掲載の写真(1952年撮影)で確かに扉の幅が狭いのを確認できる。
しかし、タネ車であるクハニ67001の新造時の写真(文献B7401のP346)では標準幅となっている。どの時期にクハニ67001→クハユニ56001の中央扉が狭幅になったのかは不明。
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“ゲタ電”の頃