クモハ52形

関西急電の花形として登場した流線形電車「流電」は、終戦後に関西急電用に復活したものの、1950年には阪和線に転属しました。1953年の更新修繕Ⅱで乗務員扉を新設するなど姿を変えた後について記載します。

クモハ52001・002
モハ52001
モハ52001

画像:所蔵写真(鳳電車区 1954.3.28)

狭窓の001・002号は、1950年の更新修繕Ⅰで雨樋が取り付けられましたが、張上げ屋根ではなく普通屋根の位置への取付で、外観が変わりました。
阪和線転属後の1953〜54年の更新修繕Ⅱで、全室運転台化、乗務員扉取付、屋根への絶縁布張り、グローブ型ベンチレーター化などの標準化が行われました。

モハ52002
モハ52002

画像:所蔵写真

狭窓の001・002号は、128kW出力のMT30型主電動機に交換されており、歯車比も1:2.87に変わり、モハ60などと同じになりました。改造時期については諸説あります。(注1)

モハ52001
クモハ52001

撮影:上原庸行様(伊那松島機関区 1958.11.5)

1957年に飯田線に転属し、当初はぶどう色のまま伊那松島機関区に配属されました。同年中に運転助士によりタブレット収受を実施することで、快速列車に登用され、青とオレンジ色の快速色に塗り替えられました。外観的には、前面に行き先表示と種別表示入れが取り付けられました。

クモハ52001
クモハ52001

画像:所蔵写真(豊橋機関区)

1959年に前照灯を250Wの大型取付式に交換しました。
001号は1959年4月に土砂崩落に乗り上げて脱線する事故に遭いましたが、復旧されています。

クモハ52001
クモハ52001

画像:所蔵写真(牛久保駅)

湘南色化の1963年頃に自動ワイパー化が行われ、前面窓の上部にスペースが生まれ、前面の顔つきが変わりました。
写真は、1968年以降にスカ色に塗り替えられた後の最終期の姿。(クモハ52のスカ色化は1969年から)

クモハ52001
クモハ52001

画像:所蔵写真(豊橋駅 1975.10.20)

クモハ52001

画像:所蔵写真(豊橋駅 1975.10.20)

飯田線に80系の急行電車が運転されるようになると、流電は長距離の普通列車を担当するようになります。長距離運用が減った最終期にも、常に4両編成の先頭車として組成されていました。中間には、2扉のサハ48のほか、戦後型のサハ75やサハ87も加わります。

クモハ52003・004
クモハ52003
クモハ52003

撮影:豊橋駅(1978.7.24)

広窓車のうち003・004号の2両は、1950年の更新修繕Ⅰの際に雨樋を取り付けたものの、張上げ屋根のまま残りました。1954年の更新修繕Ⅱでは乗務員扉新設、絶縁布張り、グローブ型ベンチレーター化などの改造を受けたものの、張上げ屋根は維持されました。

クモハ52004
クモハ52004

画像:所蔵写真(豊橋駅 1975.10.20)

クモハ52004

撮影:水窪駅(1978.3.26)

004号も003号と同じ外観のままで推移しています。飯田線での自動ワイパー化に伴う前面窓の改造の際、助士席のワイパーは下部に取り付けられたため、左右の前面窓がちぐはぐになってしまいました。
広窓車は出力強化は行われず、歯車比は1:2.26だと思われますが、これも諸説あります。(注2)

クモハ52004
クモハ52004

画像:所蔵写真(佐久間レールパーク 1991)

1978年の廃車後、001号は吹田工場で、004号は豊川の日本車輌で保存されました。
004号は1991年にJR東海が開設した佐久間レールパークに移設、飯田線で活躍していた姿のまま、屋外展示されていました。
結果的に、登場時の姿に復元され、2011年にリニア・鉄道館で展示保存されました。

クモハ52005
モハ52005
モハ52005

画像:所蔵写真(鳳電車区 1954.12.7)

新流の第2編成である005号は、戦災で相棒の006号を失い、固定編成から外れてしまい、京阪神間でも阪和線でもツートンカラーにはなりませんでした。1950年の更新修繕Ⅰでも、003・004号と異なり、狭窓2両と同じ普通屋根の位置に雨樋が取り付けられました。
1953年の更新修繕Ⅱで乗務員扉新設、グローブ型ベンチレーター化などの標準化が施工されました。

クモハ52005
クモハ52005

画像:所蔵写真(豊橋機関区)

クモハ52005

撮影:豊橋駅(1978.7.24)

1957年に飯田線に転属し、005号は下り向きに方向転換されました。床下機器の配置は上り向き時代のままです。
250kWの取付式前照灯に変わり、自動ワイパー化で前面窓の形も変わり、スカ色になった最終期の姿。

表3-52 クモハ52改番表
表3-52
主な参考文献
  • B7101 浅原信彦(1971)「国鉄電車ガイドブック 旧性能電車編(上)」誠文堂新光社
  • F7807-1 奥野利夫(1978)「関西急電ものがたり@」(鉄道ファンNo.207)
  • F9911-1 手塚一之(1999)「流電52系姉妹の一代記(そのⅢ)」(鉄道ファンNo.463)
  • B1101 久保敏(2011)「鉄道青春時代−国電(U)」
(注1)
文献F7807-1(奥野1978)によると、001・002号は1949年8月の急電復活時にMT30型に交換された。
文献F9911-1(浦原利穂1999)P83によると、阪和線転入前にMT30型(歯車比1:2.87)に改造され、阪和線配置時にモハ43(半流)とともに歯車比1:2.56に変更した。
文献B7101(浅原1971)、Y7701では、最終期に1:2.87となっており、F9911-1の記述には疑問が残る。
(注2)
文献F7807-1(奥野1978)によると、003・004号は旧流と異なり1949年の急電復活時にはMT16型主電動機のままだった。
文献F9911-1(浦原利穂1999)P83によると、003〜005号は、MT16型主電動機、歯車比1:2.04だったが、阪和線転入時に1:2.26に変更した。その後、モハ43(半流)とともに、MT30型主電動機に変更した。
文献B1101(久保2011)によると、003〜005号は、最終的にMT30、歯車比1:2.56に換装されたと思われるが記録が明確でないとされている。
文献B7101(浅原1971)では、003〜005号も阪和線時代にMT30化されたと書かれている。
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