モハ72・クハ79形(車体更新車)

都会を中心に新性能電車が増加している半面、まだしばらく使用する旧形電車のアコモデーションが陳腐化し、サービスレベルが劣ることから、車体を新性能電車並に全面更新した車両が1972年に1両試作され、1975年には仙石線に20両が登場しました。
見かけは新性能電車と変わらないものの、現場での取り扱いは旧性能電車と同じというデメリットもあり、それ以降の追加改造はありませんでした。

モハ72970

モハ72970
モハ72970

撮影:上原庸行様(鶴見小野駅 1972.12.10)

モハ72970

撮影:上原庸行様(鶴見小野駅 1972.12.10)

1972年に郡山工場で改造した車体更新車は、モハ72970番を与えられました。
当時の最新設計であった103系の改良型と同じユニットサッシ、ステンレス製両開き扉、軽合金製荷物棚などを採用しています。室内灯は、103系の40Wに対し、在来品を流用したため20Wを2個並べた配置としています。パンタグラフの位置も旧型国電標準の前位側です。
新性能電車並のオレンジ色に塗装され、鶴見線で使用されました。

モハ72970
モハ72970

画像:所蔵写真(橋本駅電留線 1980.1.2)

1974年の全検時にぶどう色に塗り替えられました。(文献P8612のP33による)
新性能電車の車体にぶどう色というのは例がなく、扉や戸袋の白いHゴムがよく目立ちました。
写真は営業運転を終え、橋本で留置されている姿。この車両は再利用されることなく、8年程度で役目を終えました。

モハ72970(車内)
モハ72970

撮影:武蔵白石駅(1979.11.3)

車内は最新型の103系とほぼ同じです。座席下の暖房キセが斜めになっているのも最新仕様です。

モハ72971〜980

モハ72971
モハ72971

撮影:陸前原ノ町駅(1979.8.5)

1974〜75年にかけて、仙石線の近代化のため、モハ72970とほぼ同じ改造を施した車体更新車が10両誕生しています。やはり最新型の103系に準じた車体ですが、冷房装置や側面方向幕はありません。仙石線独自の装備としては、客用扉を半自動式としたため、115系と同じTK8型戸ジメ機械を取り付け、扉には手掛けがあります。
先に改造された身延線用モハ62と同様に、車内照明を新車並とするため、103系などの冷房改造で発生した20kVAの電動発電機を流用しています。

モハ72976
モハ72976

撮影:陸前原ノ町電車区(1981.8.18)

パンタグラフはPS13型を流用しており、旧型国電の標準である前位に設置しています。
扉上部には103系と同じ主電動機への冷却風取入れ口があり、戸袋内から座席下のフィルタを通して床下風道につながります。
なお、モハ62と異なり、タネ車はすべて量産型のモハ72なので、DT17型台車に統一されています。

クハ79601〜610

クハ79601
クハ79601

撮影:陸前原ノ町駅(1979.8.5)

クハ79604
クハ79604

撮影:陸前原ノ町電車区(1981.8.18)

クハ79の車体更新車は600番代が与えられました。
やはり最新型の103系に準じた車体なので、クハ103のATC準備車と同じ高運転台で、窓下に飾り帯の入るスタイルとなりました。乗務員扉次位の戸袋はなく、タブレット保護板を取り付けています。
なお、検修時は交流区間の郡山工場で行うため自力運行はできず、牽引されて回送する際の尾灯掛が妻面に設置されています。

クハ79607車内
クハ79607

撮影:仙台駅(1981.8.18)

103系とほぼ同じ車内です。
同時期のクハ103はATC準備車のため運転台仕切に窓はありませんが、クハ79600番代は左側と仕切り扉に窓があります。この部分の見た目は103系の低運転台冷房車と似ています。

103系3000番代

72系車体更新車は仙石線の103系追加投入で1985年には営業運転を終えました。一方、1985年9月30日の川越線電化により、川越線川越以西への短編成電車の投入が必要となり、車体の新しい72系車体更新車に103系の機器を組み合わせて新性能化することになりました。この時、クハ103+モハ103+クモハ102の3両編成5本が登場しています。
また1986年には青梅線の3両編成を4両化するに当たり、残った5両をサハ103に改造して充当しています。
これらは103系3000番代として、2005年まで活躍しました。

クモハ102-3003
クモハ102-3003

画像:所蔵写真(武蔵高萩駅 1992.5.6)

クハ79600番代の偶数車は、電装されてクモハ102となりました。これはモハ72のパンタグラフを活かすことで、ユニットを組むクモハがパンタグラフなしの偶数向き電動車となった結果で、1200番代以来のクモハ102という形式になりました。
元はクハであったため側面の冷却風取入れ口がなく、101系などと同じ床下でフィルタを通して取入れる方式としています。
写真の車両は大宮工場改造車で、乗務員扉次位のタブレット保護板がなく、ATC車のごとく平らになっています。前面の尾灯掛は残されています。

モハ103-3003
モハ103-3003

画像:所蔵写真(武蔵高萩駅 1992.5.6)

モハ72970番代は、パンタ台を活かしてパンタグラフのあるモハ103となりました。パンタグラフ位置は前位側で、ユニットの外側位なる点が通常の103系と異なります。
側面の冷却風取入れ口は、上記クモハ102に合わせて廃止されています。
1990〜91年に冷房化され、2分散式のAU712を設置、電源は各車にSC24を取り付けました。側面方向幕は先頭車にのみ設置されました。

クハ103-3001
クハ103-3001

画像:所蔵写真(武蔵高萩駅 1992.5.6)

クハ103-3001
クハ103-3001

画像:所蔵写真(武蔵高萩駅 1992.5.6)

奇数向きのクハ79600番代は、クハ103になりました。台車は101系の廃車派生品であるDT21Tを流用しています。
写真の車両は大井工場の改造車で、乗務員扉次位のタブレット保護板がそのまま残されていますが、尾灯掛はなくなりました。
やはり1990〜91年の冷房改造の際、側面方向幕を取り付けています。

クハ103-3005+サハ103-3005+モハ103-3005+クモハ102-3005
クハ103-3005

画像:所蔵写真(拝島駅 1999.8.2)

1996年に川越線が3両編成から4両編成になった後の写真です。2両目がサハ103-3000番代で、1986年に青梅線用にモハ72970番代の奇数車5両を改造した車両。青梅線ではオレンジ色で普通の103系に挟まれていましたが、川越線に転じて、元の仲間と同じ4両編成に復帰しました。
台車は101系の派生品のDT21TまたはTR64で、パンタ台は残されています。冷房化の際も、パンタ台を避けてAU712が取り付けられました。

表4-72-4 モハ72・クハ79形(車体更新車)改番表
表4-72-4
主な参考文献
  • P0005-5 末次清(2000)「73系出自の車両たち」(鉄道ピクトリアルNo.684)
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“ゲタ電”の頃