モハ63形・サハ78形→72系900番代

1946年に川崎車輌で航空機用ジュラルミンを活用して車体を製作した63系6両が誕生しました。ジュラルミン電車、通称“ジュラ電”です。ぶどう色などの暗い色が当たり前だった時代に、地色の銀色のままの電車は注目されました。モハ63900番代、サハ78200番代が3両ずつ、計6両製造され、京浜東北線に投入されました。
しかし腐食が激しく、1954年に試作的に全金属製の車体に更新され、72系900番代となります。また、事故復旧車3両が追って全金属化改造され、900番代に編入されています。

ジュラルミン電車
モハ63901
モハ63901

画像:所蔵写真(蒲田電車区 1947)


ジュラルミン未塗装の銀色車体に緑帯を巻いた初期の“ジュラ電”。溶接できないため、リベット打ちです。
腐食により1950年にはぶどう色に全塗装されました。

モハ63900番代
モハ63900

画像:所蔵写真

番代は推定。天井板に広い部分と狭い部分があり、蛍光灯が横向きに取り付けられている点などから、“ジュラ電”の車内と推定。
車内にもジュラルミンを使用しており、銀色に輝く明るい車内です。

全金属試作改造車
モハ72900
モハ72900

画像:所蔵写真(名古屋駅 1977.3.5)

モハ72900

画像:所蔵写真(名古屋駅 1977.3.5)

腐食の激しかった“ジュラ電”は、1954年に大井工場で、今後の通勤電車のモデルとなるべく全金属製の車体に改造されました。モハ63のうち2両は中間電動車モハ72となりました。
これまでの半鋼製車は外板は鋼板製ですが内張りは木製となっていました。全金属車は内張りも軽合金などによる金属製となっています。また、戦時設計の3段窓は、アルミサッシの2段窓に改められ、2枚を幕板まで上げることで全開も可能です。
サービス向上策としては、3等車として初めて扇風機が設置され、室内灯も蛍光灯の供試車にもなりました。
写真は中央西線に転属し、スカ色になった末期の姿。

モハ73901
モハ73901

画像:大井工場(1954)(文献H6301 P.106)

モハ63のうち1両は先頭車のまま残りました。
この車両は、これまでの切妻を踏襲し、前面窓は垂直ながら1段へこんでいます。前面窓は大型で、へこんだ部分のほとんどが窓になっています。
乗務員扉はこれまでの開き戸から引き戸に変わっています。この点は、このシリーズの先頭車全車に共通します。

クモハ79901
クモハ79901

撮影:谷保駅(1978.6.18)

これらの試作全金属車は、1971年頃に車体内外が一般形車両に合わせる標準化改造が行われました。
先頭車の前面窓は、通常車両と同じ大きさに変わり、乗務員扉も普通の開き戸になりました。

クハ79900
クハ79900

撮影:陸前原ノ町駅(1979.8.4)

サハ78のうち2両は先頭車化によりクハ79になりました。
クハ79900は、クモハ73901と同じ前面スタイルで、切妻、垂直窓です。
写真は標準化改造後の姿で、前面窓が小型化されて、へこみの枠内に余白が多いのが分かります。
仙石線に転じ、ウグイス色に塗られています。

クハ79902
クハ79902

画像:所蔵写真(郡山工場 1971.8.21)

クハ79902

撮影:陸前原ノ町電車区(1979.8.5)

クハ79902は、前面妻板の隅に80mmの丸みを付け、前面窓を傾斜窓にしたほか、前照灯を半埋め込み式にするなど、大胆な試作的スタイルになりました。傾斜した前面窓の上部に通気孔を設置しています。この傾斜窓は、1954年製の量産型クハ79から正式に採用されています。
当初は傾斜部分に目いっぱいの大きさの前面窓でしたが、標準化の際に写真のように量産車と同じ大きさに変わりました。前照灯も取付式に、乗務員扉も開き戸に改造されています。

サハ78900
サハ78900

撮影:谷保駅(1978.6.18)

サハ78のうち1両はサハ78のまま全金属化されました。900番代は様々な部分で試作的要素を採り入れていますが、この車両は車内出入口まわりの掴み棒を座席袖と一体化して4本にしており、この部分は量産された全金属車(920番代)から新性能電車101系以降に至るまで、正式に採用されています。

全金属試作車(事故復旧車)
モハ73900
モハ73900

画像:所蔵写真(神田駅 1957.6.4)

蒲田での事故車モハ73174を復旧する際、試作全金属車と同じ改造を施し、1956年に誕生したのがこの車両。当初は旧番を引き継いでいましたが、翌1957年に900号に改番されました。
前面スタイルは、クハ79902に準じたR付妻面と傾斜窓、半埋め込み式前照灯を採用しました。さらに幕板中央部に大型の行き先表示器を設置しました。

クモハ73900
クモハ73900

撮影:山北駅(1978.8.20)

やはり標準化改造により、前面窓は普通のサイズに小型化されました。乗務員扉も開き戸に変わっています。
写真は、御殿場線に転属し、スカ色になった末期の姿。大きな方向幕は使われていません。

モハ73902
モハ73902

画像:所蔵写真(新宿駅 1957.9.1)

三鷹事件の暴走車モハ73400を復旧するに当たり、全金属車に改造したもの。1957年の施工であり、既に量産全金属車の920番代が登場した後だったため、それに準じたノーシル・ノーヘッダーで雨樋を隠した平滑な外観を採り入れました。
しかし前面に関しては、先の試作全金属車に準じ、妻面隅にRをつけ、前面窓は大型とし、助士席窓下に運行札窓を設置しています。乗務員扉は引き戸です。

クモハ73902
クモハ73902

撮影:山北駅(1978.8.23)

クモハ73902

撮影:沼津駅(1979.4.1)

標準化改造により、前面窓のうち運転台窓のみ小型化されました。乗務員扉は開き戸になっています。
車内は920番代に準じたスタイルになっていますが、運転室仕切りには左側の窓がありません。
写真は御殿場線に配置され、スカ色になった末期の姿。

クハ79904
クハ79904

画像:所蔵写真(名古屋駅)

桜木町事故の焼損車の次位に連結されていたサハ78144を全金属車として復旧した車両で、同時にクハ化されました。上記モハ73902と同じ仕様で、傾斜した大きな前面窓が特徴です。
この車両に限っては、標準化改造の際に前面窓は3枚とも元の大きさのまま残されました。窓下の運行札窓も残されています。
中央西線に転じ、スカ色になった末期の写真です。

表4-63-2 72系900番代改番表
表4-63-2
主な参考文献
  • J7802-1 田邊幸夫(1978)「車両とともに30年12」(鉄道ジャーナルNo.132)
  • 田邊幸夫(1978)「車両とともに30年13」(鉄道ジャーナルNo.142)
  • R8004-1 沢柳健一(1980)「ロクサンという名の電車」(季刊レイル1980-冬)
  • B9701 沢柳健一(1997)「旧型国電車両台帳」ジェー・アール・アール
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“ゲタ電”の頃