廃車体は生きている

その他のバスラーメン

「バスラーメン」というものが全国各地にあります。どうしてラーメン屋にバスを使うのか。その辺はよく分かりません。建物を建てるよりバスの廃車体を利用するほうが手軽だからなのか、バスの車体がラーメン屋の構造に向いているからなのか、固定資産税などの問題なのか、或いは庶民の味のラーメンと庶民の足の路線バスがイメージ的に合うからというような心理的な理由なのか。
そんな「バスラーメン」のいくつかです。

元祖函館バスラーメン
元祖バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(函館市 2019.6.7)

トヨタ コースター
元祖バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(函館市 2019.6.7)

ナンバー付の移動店舗ですが、旧形車両ゆえ、この時期ほぼ据え置きで営業していたようなので、ここでご紹介します。
「函館バスラーメン」として1978年から湯の川温泉などを中心に営業しており、1985年には2代目のマイクロバスに、1988年には3代目の大型バスに代替し、1998年に4代目車両としてこのトヨタコースターに乗り換えました。これを20年以上使い続けて、2020年に5代目の小型車にその役目を譲りました。

元祖函館バスラーメン(保存車)
元祖バスラーメン

撮影:函館市(2026.3.6)

元祖バスラーメン

撮影:函館市(2026.3.6)

お役御免となったトヨタコースターが、湯の川温泉で保存されています。
車内はお土産用乾麺の無人販売店になっており、岡持ちなども展示されています。壁には元祖バスラーメンの歴史や店主の写真なども飾られています。

ラーメン「翔叶」
バスラーメン

撮影:射水市(2008.6.28)

北陸鉄道 日野RE120
バスラーメン

撮影:射水市(2008.6.28)

深緑とオレンジの独特の色に化粧直しされたバスのラーメン屋。窓の多くは張り替えられていますが、側面最後部の窓から金産ボディであることが分かります。
ホイールには三菱のマークがあるのですが、側面のエンジン通気孔の大きさから三菱車ではなく日野車と判断しました。
外観の手の加え方に比べ、車内にはハンドルやメーター類等バスの雰囲気をわざと残してあり、懐かしい気持ちが呼び起こされます。現役時代の登録番号は石2う1452です。

元中華そば屋
バスらーめん

撮影:大阪府(2007.5.19)

白浜急行バス 日野BD14

建物と一体化した廃車体で、「中華そば」の文字がありますが、今は営業していない模様です。前ドアのところに建物用のアルミ扉が付いており、ここが出入口として使われていたようです。
車両は帝国ボディのセンターアンダーフロアエンジン車。社紋から南海グループ入りする前の白浜急行バスと思われます。長距離急行バスに使用されていたのでしょう。
型式は推定です。

「情熱麺屋313」 横浜市交通局 日野KC-HU2MLCA(1998年)
バスラーメン

撮影:井原市(2022.7.30)

阪急バス いすゞKL-LV280N1(2004年)
バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(井原市 2023.7.16)

バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(井原市 2023.7.16)

真っ赤に塗られたワンステップバスのラーメン店。ナンバープレートがあり、走行可能な状態になっていますが、事実上据え置き。店名とナンバーの313は、前を走る国道の号線番号。元の車番は8-3618
奥の方にも予備車のようにナンバー付の西工ボディが置かれていますが、こちらは元阪急バスで、元の車番は680。

中華そば「朝日軒」
バスラーメン

撮影:阿波市(2013.3.2)

大川自動車 三菱B907S
バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(阿波市 2025.4.19)

大川自動車が高徳特急バスに使用していたセミデッカーが、中華そば屋になっていました。
カラーは特急バスの専用塗装のままですが、中央部に大きな扉が開けられ、お店の入口になっています。

ここから下は過去物件
バスラーメン
バスラーメン

撮影:樋口一史様(栄町 2004.6.11)

山形交通 日野RE120

国道沿いのラーメン屋になっている日野車の廃車体。フロントオーバーハングが長い1973年式以降の後期型です。前中折戸で、前ドアの下のほうに特徴があるので、元山形交通ではないかと推察します。
茶色に塗りつぶされており、下から明るいブルーが見えていますが、これは現役時代のカラーとは関係ないようです。
(撤去済み)

居酒屋・ラーメン「バス停」
バスラーメン

撮影:甲斐市(2005.8.27)

山梨交通 いすゞBU04

山梨交通の廃車体としては最も多いのではないかと思われる、3連テールのBU04を利用したお店です。残念ながらもう営業はしていないように見えます。
屋根の上にはまだ看板が健在。
(2006年6月に撤去を確認)

バスラーメン「喜龍」
バスラーメン

撮影:小矢部市(2005.3.20)

富山地方鉄道 三菱R490
バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(小矢部市 2016.9.24)

バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(小矢部市 2016.9.24)

バスラーメン

撮影:畦道ノスタルヂィ様(小矢部市 2016.9.24)

ピンク色のバスラーメン。何回か塗り直されているようです。ほとんど全体に屋根がかけられ、ボンネットバスのイラストを描いた電照看板も取り付けられています。
ボディスタイルはフロントガラスが2分割になっている1960〜63年までの呉羽車体です。この時代のボディで中ドア引き戸のワンマンカーというのは珍しい存在です。中ドア次位の窓に方向幕がついています。
(2018年9月現在、撤去済み)

バスラーメン「王ちゃん」
バスラーメン

撮影:富山市(2016.9.3)

日野RL320

「ラーメン」という看板が立っており、簡易トイレも併設されていますが、バスのドアは半開き。フロントガラスから車内を覗くと丸椅子や割り箸は綺麗なのですが、破損状態のひどい長椅子も放置されており、既に閉店していると思われます。
(Google Earthによると、2017年5月〜8月の間に撤去)

中華料理「萬珍楼」
バスラーメン

撮影:静岡市(2008.6.14)

静岡鉄道 いすゞBR20

テント状の屋根とすだれ、生垣に囲まれてバスがだいぶ隠れてしまっているラーメン店です。
よく見ると、富士重工製のR13型ボディで中ドアのツーマン車であることが分かります。場所柄元ユーザーは静岡鉄道ではないかと思いますが、全く根拠はありません。
しかし、多くのバスラーメンが昼間は営業せず、夜間営業になっているのは、やはりその存在感が常連向であるからなのでしょうか。

呑み喰い処「望」
バスラーメン

撮影:米澤様(静岡市 2012.1.26)

静岡鉄道 いすゞBR20
バスラーメン

撮影:米澤様(静岡市 2012.1.26)

中華料理店の「萬珍楼」は、オーナーが変わり、綺麗なオレンジ色に塗られ、「呑み喰い処 望(のぞみ)」に生まれ変わりました。これまで隠れていた部分もちょっと顔をだし、ヘッドライトとフォグランプの位置関係や丸いウィンカーなどの形状から、1961〜1963年製であることも分かりました。
また撮影者によると、元静岡鉄道で間違いないそうです。
(撮影者によると、2016年現在、撤去済み)

中華料理「バス」
バスラーメン

撮影:三木市(2008.3.16)

芦有開発 日野RB10(1963年)
バスラーメン

撮影:播磨観光タクシー様(三木市 2012.7.16)

そのほとんどがテントで囲まれ、「バス」と書いてなければバスだとは気付かないような中華料理店。バスは中ドアツーマン車で、その位置が店の出入口になっているようです。
後面に残る社名から「芦有バス」であることが分かりました。芦屋と有馬温泉を結ぶバスで、芦有ドライブウェイを運営する「芦有開発」が経営していました。
右の写真は、障害物がなくなって非常口側が見やすくなっています。ライト周りはフォグランプをひとまとめにした特注ライトになっています。芦有と書いて「ろゆう」と読むため、社紋はRをデザインしています。
(播磨観光タクシー様によると、2012年8月現在撤去済み)
(注1)
バスラーメン
バスラーメン

撮影:倉敷市(2012.9.2)

両備バス 三菱R470
バスラーメン

撮影:倉敷市(2012.9.2)

「おでん そば」と書いた行灯をつけていますが、敷地の道路側には「ラーメン」という看板もありますので、やはりバスラーメン。
1963〜64年の呉羽ボディで、前面は連続窓ですが、後面2枚窓。この辺の年式のバスはバスラーメンに似合います。中ドアは建物用のドアに交換されています。これもバスラーメンでは定番です。
(撤去済み)

バスラーメン
バスラーメン

撮影:都城市(2010.4.3)

鹿児島交通 三菱MR470,林田バス 三菱R470
バスラーメン

撮影:都城市(2010.4.3)

バスラーメン

撮影:都城市(2010.4.3)

バスラーメン

撮影:都城市(2010.4.3)

バスを2台直角につなげたバスラーメン。入口は右側のバスのドアで、右側のバスにカウンター席、左側のバスに座敷があり、中でつながっているそうです。
屋根が付けられ、ボディが明るい色に塗られており、お昼時間も開いているバスラーメンです。
2台とも三菱の前ドア車ですが、ボディは左が富士重工製、右が呉羽自工製、年式の違いは10年くらいでしょう。鹿児島交通は前ドア横の表示窓、林田バスは前ドアの横向きの取っ手が根拠、型式は推定です。
(ストリートビューによると、2019年5月現在撤去済み)

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」という趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) 芦有開発公式サイト(50周年アニバーサリー)(現在終了・リンク切れ)に掲載されている開通当時の路線バスがこの廃車体と同型車。「8台のロマンスシートカーでスタートした」と書かれている。ポルト出版(2002)「金産ボデーのアルバム」によると金産ボディでは2台のみの製造なので、他の6両は別メーカーの車両だったと思われる。
なお、芦有開発のバス事業は後に阪急バスに譲渡されている。
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80s岩手県のバス“その頃”