バスの座席配置
バスの座席には大きく分けて、中向きの座席と前向きの座席がありますが、1960年代までは、近距離用に中向き（ロングシート）、中長距離用に前向き（ロマンスシート）という2種類しかなかったようです。1960年代の半ばから、運行範囲の拡大やワンマンカーの登場などにより、多種多様な座席配置が求められるようになります。また、1970年代後半には、貸切バスにおいてサロンバスなどデラックス化が図られ、1980年代後半には、夜行高速バスブームにより3列独立シートやトイレ付車両が登場します。これらはほとんどがユーザー（バス事業者）の個別発注によるもので、バスの座席配置は多様化の時代を迎えました。しかし、1990年代から2000年代にかけては、少量生産によるコスト高を吸収するため、座席配置についても標準化が再び進むこととなります。路線バスではラッシュ型・都市型・郊外型などの大きな区分けができ、高速バスや貸切バスでも一時期の過剰に豪華な装備は影をひそめます。
ここでは、主に1980年代までの代表的な座席配置についてまとめてみます。
路線バスの座席配置
しかし、2000年代以降、バス車両の標準化が進み、現在ではメーカーで用意した数種類のパターンにほぼ集約されています。
1950年代（2種類の時代）
ロマンスシート（2人掛け前向きシート）
画像：三菱日本重工業カタログ（1960）
ロングシート（中向きシート）
画像：三菱日本重工業カタログ（1960）
1950～60年代にかけてのメーカーカタログには、座席配置が大きく2種類に分けて掲載されていました。
写真は三菱R480の一例ですが、長距離用の前向きシートを5A型、近距離用のロングシートを5B型として区別しています。数字の5はドア位置を表しています。
ロマンスシート（2人掛け前向きシート）
岩手県南バス 日野RB10P
撮影：板橋不二男様（遠野営業所 1974頃）
日野RE120
画像：日野自動車工業カタログ（1970）
路線バスの座席配置では、中長距離向けの二人掛けシートが並ぶ配置も用意されていました。
前ドア車はほとんどがロマンスシートですが、中ドア車でも中距離路線などではこの座席配置になります。
折り畳み式の補助椅子がつく場合もあり、両側から開く2人分の補助椅子もありました。
ロングシート（中向きシート）
東洋バス 日野RB10
撮影：板橋不二男様（大和田営業所 1977）
トヨタ博物館 トヨタFB80（1963年）
撮影：トヨタ博物館（2005.7.13）
中向きに設置された長手座席を「ロングシート」と称します。1960年代までの近距離路線バスの標準的な座席配置でした。考え方としては、通勤電車の座席配置と同じで、着席離席のしやすさが考慮されたものと思います。車両カタログにもこれが標準的仕様として掲載され、1960年代まではユーザーもそのまま導入していました。
最後部の座席と合わせると三方向に座席が配置されていることから「三方シート」という呼び方もあります。
1970年代に入るころから、車内転倒などの危険防止の観点から前向き座席への切り替えが始まり、一部前向き座席との混用を経て、ロングシートは一旦姿を消しました。
1960年代（組み合わせバリエーションの時代）
中扉混合シート
画像：日野自動車工業カタログ（1968）
前・中扉混合シート
画像：日野自動車工業カタログ（1968）
1960年代に入るとバス路線網が拡大し、これまでの近距離用（中向き）、中長距離用（前向き）という2種類では対応が難しくなります。また、扉が2か所にあるワンマンバスが現われ、車型のバリエーションも増加します。その結果、両者を組み合わせた混合シートという配置が現れます。
混合シート
秋北バス いすゞBA20（1967年）
撮影：板橋不二男様（米内沢営業所 1975頃）
岩手県南バス 日野BH15（1963年）
撮影：板橋不二男様（水沢営業所 1973）
メーカーカタログに掲載はなくても、ユーザーの要望で様々な組み合わせが登場します。
前半分がロマンスシートで後ろ半分がロングシートというパターンと、逆に前半分がロングシートで後ろ半分がロマンスシートという二つの事例です。
このあたりから、ユーザーが座席配置の選択権を得るようになったものと思われます。
1人掛けシート
いすゞBA20
画像：いすゞ自動車カタログ（1970）
前向きシート＝2人掛け＝ロマンスシート、という常識も破られます。
近距離のワンマンバスの通路を広くとるため、2人掛けと1人掛けを混在させた事例。関西方面の事業者に納入される前後ドア車の車内をカタログに掲載したものと思われます。
1970～80年代（ワンマンバスの時代）
前・中扉 前向席
画像：三菱自動車工業カタログ（1976）
前・後扉 前向席
画像：三菱自動車工業カタログ（1976）
近距離バス主体のワンマンバスについては、当初は中向きシート主体でしたが、1973年以降に低床車のバリエーションが加わる頃から、前向き座席に変わります。
一般的にワンマンバスには前中ドアと前後ドアが存在することから、メーカーカタログも両方に対応します。後方に2人掛け、前方に1人掛けを配置するパターンが多いようです。
ロングシート（中向きシート）
頸城自動車 いすゞK-CJM470（1983年）
撮影：BA10-2407291様（高田営業所 1991）
ロングシートで、左側1番前の座席のみ前向きシートにした事例。初期のワンマンバスでは多く見られた座席配置です。
写真の車両は、1980年代までロングシートを採用していた特殊事例です。座席はビニル張り、床は板張りというのも1970年代初頭そのままです。富士重工5Eなので、外観は新しくなっています。
岩手県交通 いすゞBU06（1972年）
撮影：53様（盛岡市 1984.8）
少し改良が進み、モケット張りとなったロングシート車。元国際興業の1972～73年製の車両で、右側の前2席が2人掛けの前向きシートになっています。
なお、ロングシートの場合、車内のタイヤハウスが座面の高さに影響しないことが写真で分かります。
前向きシート（1人掛け）
新潟交通 いすゞP-LV314Q（1988年）
撮影：鳥屋野交通公園（2012.8.19）
1970年代に入り、すべての座席が前向きに変わります。
これは、ワンマンカーの普及で、車内のドアからドアへの移動が多く発生し、また混雑が激しくなったため、立ち席定員を増やす必要が生じたことが一つの理由です。また、掴まる所の少ないロングシートは車内転倒事故につながるため、その防止策も一つの理由です。
座席の形状では、ロングシートを受け継ぎ、背あての小さいタイプが多く、写真のようなパイプ椅子も多く見られました。
岩手県交通 いすゞK-CJM500（1982年）
撮影：岩手県交通ファン様（盛岡バスセンター 2002.5）
背摺りが若干高く、赤色モケットを使用した元神奈川中央交通の車両。
着席数を増やすため中ドア以降を2人掛けとするパターンもあります。滞留の少ない中ドアから後ろに着席スペースを増加させる目的の座席配置です。
北陸鉄道 三菱MP117M
画像：三菱自動車工業カタログ（1976）
後ろ側だけでなく、右側すべてを2人掛けとした事例。地方都市などで、着席数を高める目的で採用されたもの。
1990年代（中向きシートの復活）
画像：日産ディーゼル工業カタログ（1999）
画像は1999年のノンステップバスのカタログで、左側前方の優先席に相当する部分がロングシートになっています。
優先席を中心にしたロングシートの復活は、ユーザーによる指定が早く、メーカーでの対応はワンステップバスなど低床車が商品化されてからです。進行方向右側の車いす固定用の跳ね上げ座席や、左側の優先席をロングシートにしています。
一部ロングシート
東京都交通局 日産デU-UA440HSN（1993年）
撮影：新宿交通公園（2017.2.4）
1990年代になると、ロングシートが再び見直されます。これは高齢者などが着席しやすいため、これまでと逆に車内事故防止に役立つという解釈だったようです。
高齢者が滞留しやすい車両前側の優先席周辺にロングシートを配置するというパターンが多く、また一人ずつの仕切りを付けることで転倒防止策としています。
1980年代後半から2010年代にかけて、都市型バスの標準的な座席配置として普及しました。
完全ロングシート
日立電鉄 いすゞU-LR332J（1992年）
写真：茨城県（2019.1.1）
一旦減少した三方シートですが、1980年代以降に再度見直され、座席仕切りや掴み棒を増設した上で復活した例もあります。
写真は、1980年代に日立電鉄で採用したもので、1人ずつの仕切りと、数ヵ所の掴み棒を設置しています。着席、離席のしやすさや、タイヤハウスに関係なく座席を設置できるメリットがあります。
2000年代以降の小型バスによるコミュニティバスでも、似たような例があります。
2000年代（レディメイドの復活）
都市型・近郊型・郊外Ⅱ型
画像：日産ディーゼル工業カタログ（2008）
当サイトの守備範囲を超えた時期ですが、大きな流れを確認するために掲載します。
2000年代に入り、ワンステップバスやノンステップバスが製品化され、路線バスのドア配置が前中ドアのみに統一されます。この時期、バス車両の生産数も減少が進み、メーカー側も効率化を進める必要が生じました。結果的に、1960年代にそうであったように、メーカー側で決まった仕様を用意するレディメイドに近づくことになりました。
座席配置については、2人掛け座席の数を調整することで、用途を区分する方法が取られました。最も2人掛けが少ない「ラッシュ型」、後部に2人掛けがある「都市型」、2人掛けが多い「郊外型」などの分け方が一般的です。
なお、優先席のロングシートは2017年以降は再度前向き座席に戻されました。
観光・高速バスの座席配置
そして1970年代以降、観光バスでは差別化のためサロンなどのデラックス仕様が増加、1980年代以降、夜行高速バスでは3列シートなどプライベート空間を重視する仕様が増加するなど、多様化の傾向をたどります。
1960～70年代（観光バス黎明期）
二人掛けハイバックシート（ロマンスシート）
札幌市交通局 いすゞBC151P（1959年）
撮影：札幌市交通資料館（2005.6.19）
貸切バスや中距離路線バスには、2人掛けの座席が多く用いられていました。これは、背摺りが高く、長距離乗車に適した構造となっており、貸切バスの場合には補助席も付けられます。
1950年代のメーカーカタログなどで「ロマンスシート」の名称が使われています。
なお、座席配置とは関係ない点ですが、写真の車両は1960年代の貸切バスで流行した天窓付です。
リクライニングシート
岩手県南バス いすゞBU15P（1970年）
撮影：板橋不二男様（遠野営業所 1974頃）
大川自動車 日野K-RV732P（1981年）
撮影：藤田智和様（かがわバスまつり会場 2014.4.6）
貸切バスや高速バスには、背摺りの傾斜が調整できるリクライニングシートが1960年代から導入が始まり、1970年代にはほぼ標準的な仕様となっています。
この場合、背摺りは二人分が分かれたセパレート型になります。（セパレートシートでもリクライニングしないものはあります）
1970～80年代（サロンバスの時代）
サロンシート
花巻観光バス 日産デRA50T（1979年）
撮影：宮野目営業所（1985.8.27）
元ケイエム観光 三菱MS513R（1979年）
撮影：宮城県（2012.9.16）
1970年代後半から1980年代にかけて、貸切バスの後部をサロンにした「サロンバス」が流行します。乗客が向かい合って座れるように、窓側と後ろ側の三方にソファを設置し、中央に飲み物が置けるテーブルを設置したものです。合わせて、テレビ、カラオケ、冷蔵庫などが用意される場合もあります。
また、実用に資する部分ではありませんが、シャンデリアや重厚なデザインのソファー柄など、豪華な見た目を演出する工夫もなされています。
回転式セミサロンシート
三菱K-MS615S
画像：三菱自動車カタログ（1981）
いすゞU-LV771R
画像：いすゞ自動車カタログ（1991）
1980年代の終盤から、それまでの豪華一辺倒のサロンバスは徐々に姿を消し、通常前向きシートを回転させてサロンに変えることのできる「セミサロンバス」が増加します。
これは、本格的なサロンバスでは稼働率が伸びないための対策です。通常は学生団体や主催旅行にも使えるノーマルなバスとして稼働率を高めることができます。後部の座席を回転させてサロンにする際には、中央部に取り外し式のテーブルを設置することができます。
写真はメーカーカタログに掲載されたオプション仕様で、180度回転させると前後向かい合わせに、90度回転させると中向きのサロンになります。
観光バスの車内設備
西武バス「ブルーアロー」
画像：西武バスカタログ（1981）
画像：西武バスカタログ（1981）
西武バスが1980年代初めに導入したサロンバス「ブルーアロー」です。
後部にはトイレがあり、その周辺がサービススペースとなっており、電子レンジ、コーヒーマシン、湯沸し器などをまとめて配置しています。シートは360°回転するようになっています。また、天井にはサンルーフもあります。
1970年代後半から1980年代にかけて、貸切バス各社が豪華な設備を競い合いました。後にバブルと言われた時代でした。
TVモニタ
三菱自動車カタログ（1982）
オーディオ機器
日野自動車カタログ（1985）
自動車電話
いすゞ自動車カタログ（1991）
この時期に当たり前な装備となった通信、音響機器の数々です。
TVモニタは、地上波のテレビを見るほか、ビデオやカラオケなどのモニタとしても使用できます。前方の天井に設置されるほか、後部席への配慮から中央部分の天井に2機目を設置するケースもありました。地上波テレビはその後に衛星放送に、VHSビデオはDVDに、時代に応じて変わってゆきます。
オーディオ機器は、前方のダッシュボード付近や前扉後部のサービスボックスに設置され、ビデオテープやカラオケテープ、ラジオなどを操作できます。時代によってはレーザーディスクなどもあり、カラオケはその後通信カラオケに変わりました。
また、1980年代は自動車電話が普及した時期で、車両前方や後部サロン室などにカード式の自動車電話を設置するのもサービスの一つでした。
いずれも豪華設備を競うようにメーカーカタログに掲載されていました。
クーラーボックス
三菱自動車カタログ（1981）
カーポット
三菱自動車カタログ（1982）
サービスボックス
日野自動車カタログ（1985）
車内での飲み物などの提供に欠かせない温冷蔵機器も、1980年代に充実が図られました。
ドア後部にサービスボックスのスペースが用意され、その部分にクーラーボックスを設置する例は多く、メーカーでもオプションで用意していました。缶飲料などを冷やしたり、氷を保管して水割りなどをつくるのに使用されます。
またこの部分は、湯沸し器にも使われ、バスガイドがお茶を入れるためのカーポットを設置したり、氷室、魔法瓶ケース、コップ入れなどを配置したサービスボックスなどの使用法もありました。
1980～90年代（夜行高速バスの時代）
近畿日本鉄道 夜行高速バス
画像：近畿日本鉄道カタログ（1990）
画像：近畿日本鉄道カタログ（1990）
1980年代後半から始まった「高速バスブーム」は、ちょうど“バブル経済”の真っ只中だったこともあり、豪華な車両設備を競い合いました。
特に夜行高速バスは、独立3列シートのスーパーハイデッカーは当たり前で、中央部に化粧室と給湯器、自動車電話などのサービス施設を備え、各座席はフルリクライニングするほか、ヘッドホンによるマルチステレオ装置を内蔵していました。
そのほかに、毛布、スリッパ、おしぼりなどの付帯サービスも充実していました。
3列シート
秋田中央交通 いすゞP-LV719R（1988年）
撮影：秋田市（1988.2.17）
夜行高速バスがブームとなった1980年代後半から、3列独立シートの高速バスが増加します。きっかけとなったのは、1986年に運行を開始した西日本鉄道と阪急バスの「ムーンライト号」（大阪～福岡間）です。1脚あたりの座席幅が広く、隣りの席ともスペースが空くため好評で、その後の夜行高速バスの標準となりました。
中央部の片側にはトイレや給湯器を含むサービススペースがあります。
写真は、片側を2席隣り合わせとした1＋2列シート。
三菱P-MS729S（1988年）
画像：三菱自動車工業カタログ（1989）
夜行高速バスの増加に伴い、メーカーでもオプションで夜行用の3列独立シートを設定します。
写真は、夜行高速バスではトップシェアとなった三菱エアロクィーンのカタログに掲載された3列独立シート。後ろの2列は、4列シートになっています。
この時代は、ユーザー仕様をメーカーが後追いするパターンが多かったようです。
夜行高速バスの車内設備
自動販売機
三菱自動車カタログ（1988）
トイレ
いすゞ自動車カタログ（1991）
乗務員仮眠室
三菱自動車カタログ（1988）
夜行バスが登場した1980年代後半には、各社が競って新しいサービスを導入し、メーカーもそれに対応して設備を充実させました。
飲み物の提供は、給水・給湯器により行われる例が中心でしたが、車載用の小型自販機を設置する例もありました。
車内のトイレは、長距離高速バスではほぼ定番の装備となり、車内中央の階段下部分、または車内後部に設置されました。
2人乗務の場合の乗務員の仮眠は、客席をつぶさずに対応できるように、床下のトランク部分に設置されました。中央部のトイレ脇の業務用扉からも出入りできるようになっています。
