車番解説

昭和の松電図鑑

写真:安曇野の道祖神・二十三夜塔(1992.3)

松電・諏訪バスグループには車番がありました。登録番号とは別の2〜3桁の数字です。(100の位が0の場合は2桁になります。1桁の車番はなし)
松本電鉄と松電観光バスは、導入年を基準にした車番を持ち、一時両社は同じ基準で付番していました。
諏訪バスでは車種ごとに続き番号を付けています。


松本電鉄の車番

松本電鉄では、100の位の数字を製造年の西暦下1桁とする基本ルールで付番しています。これは当初松電観光バスにも踏襲されていました。
もっとも、車両を10年以上使うようになると、空番号が枯渇して、番号配分には苦労していたようです。
なお、基本は3桁数字ですが、100の位が0の場合は2桁になります。1桁(つまり0〜9)の車番は存在しませんが、GI導入後に全体で5桁の車号になってから、1で始まる番号も付けられるようになりました。

松本電鉄 518(松本22あ445)
BU10K

撮影:上高地(1988.6.18)

車番は、側面窓下に3か所、リア面の窓下中央部に1か所書かれています。
なお、1980年以降の直線カラーでは、側面は前位の1か所のみになりました。また貸切新カラーでは、後面の表記がなくなりました。

松本電鉄の付番方法
518

年式を示す西暦年の一の位(例:5・・・1975年、1985年)
(1971年、1980年などでこのルールに則っていない車両もありました)
0の場合は空白になり、2桁番号になります。
固有番号各年度ごとに、車種ごとに付番されます。この例の518の場合10から順番に付番された9両目を示します。
十の位の数字が、複数の年式で車種ごとに同じ数字となる場合も多々ありますが、統一ルールではありません。
(例)大型路線バスが(1978年)850〜、(1979年)950〜と付番された。

松電観光バスの車番

松電観光バスは1970年に設立されており、1979年までは松本電鉄と同じで、100の位の数字を製造年の西暦下1桁とする基本ルールで付番していました。
1980年頃に付番ルールが揺らいだ時期がありましたが、その後、再度整理されたようです。

1979年までの付番方法
401

年式を示す西暦年の一の位(例:4・・・1974年)
固有番号各年度ごとに、車種ごとに付番されます。この例の場合01から順番に付番された車種を示します。
01〜が標準床車、10〜がセミデッカーに割り当てられているようですが、統一ルールかどうかは不明。
1980年の付番方法
703

車種を示す 8・・・フルデッカー(1980年のみこのルールで付番)
7・・・中型バス(1980〜1982年の間、このルールで付番)
固有番号年度をまたいで、車種ごとに続き番号で付番されます。00または01から順番に付番。
松電観光バス 706(松本22あ872)
松電観光バス

画像:信州観光バスセンターカタログ

中型バスは1980年の701から始まり、1982年の706まで続き番号で付番されました。
大型バスは1981年には下記の付番方法に変わっていましたが、中型バスだけ変えなかった理由は不明です。

1981〜88年の付番方法
362

仕様やメーカーを示す。 1・・・フルデッカーサロンバス(いすゞ)(1984年のみ)
2・・・フルデッカーサロンバス(三菱)(1984年のみ)
3・・・フルデッカースタンダード(1985年〜)
4・・・スーパーハイデッカー
5・・・大型(1981〜83年)
年式を示す1981〜1983年は、和暦の一の位(例:6=昭和56年)
1984年以降は、西暦年の一の位(例:6=1986年)
固有番号各仕様・年度ごとに0から、または1から順番に付番。
松電観光バス 240(松本22あ929)
松電観光バス

画像:信州観光バスセンターカタログ

1984年にグループ共通で購入したエアロバスのサロンバスは、改めて200番台の特別番号が与えられました。
デラックス車両の急激な増備と、標準仕様車両の再増備という時代のはざまで、車番についても迷走していた時期です。

1990年以降の付番方法

1990年のGIによる新デザイン導入後は、1988年までの付番方法を踏襲しつつ、100の位が再定義されているようです。
0=スーパーハイデッカー、2=ハイデッカー(中古)、9=ハイデッカー、のように読み取れます。
5桁番号の頭1桁は、GI導入後の車番をご参照ください。

松電観光バス 20224(松本22あ1495)
松電観光バス

撮影:本社営業所(1992.1)

事業廃止となった大富士開発から1991年に転入した川崎ボディのハイデッカーⅤ型は220〜225の6両がありました。
前面2枚ガラスで折り戸という仕様は、多少違和感はあるものの、自社発注車といっても通じるかも知れません。
いすゞP-LV219S(1985年製)

松電中央観光バスの車番

松電中央観光バスは、1990年に松電観光バスから車両の一部を引き継いで営業を開始しました。そのため、当初は松電観光バスの車番を引き継いでいましたが、1990年のGIによる新デザイン導入に伴い、固有の付番方法を導入しています。
5桁番号の頭1桁は、GI導入後の車番をご参照ください。

203

車種を示す 0・・・スーパーハイデッカー
1・・・スーパーハイデッカーUFC
2・・・ハイデッカー(後部簡易サロン)
5・・・ハイデッカー
7・・・9m車
固有番号年度をまたいで、車種ごとに続き番号で付番されます。00または01から順番に付番。
松電中央観光バス 80101(松本22あ1670)
松電中央観光バス

画像:信州観光バスセンターカタログ

1994年に導入されたUFC(アンダーフロアコックピット)のスーパーハイデッカーは101の番号が与えられました。松電観光バスとは共通する付番方法ですが、独自性の部分もあるようです。
三菱MS821P(1994年)。

諏訪バス・諏訪観光バスの車番

諏訪バスの車番の表記場所は松本電鉄と同じです。下の写真のように腰板に広告があると、中央部の車番は隠れてしまいます。
当初はメーカーによる番代分けでしたが、1980年代を境に徐々に用途別の番代分けに変わっています。

諏訪バス 382(松本22あ383)
諏訪バス

撮影:茅野営業所(1989.3.21)

諏訪バスでは、年式に関係なく種別ごとに順番に付番しています。この種別が、1970年代にはメーカーごとでしたが、1980年代に入り、貸切バス、高速バスで新番代が作られています。
なお、写真の車両は、車番が382で、登録番号が383という紛らわしい車両。

1980年代までの付番方法
382

メーカーを示す 0・・・三菱(未表示で下2桁番号・そのまま継続で1に繰り上がり)
2・3・・・いすゞ
固有番号1から順番に付番。年度をまたいでも続き番号。

1980年代以降の付番方法
121

用途を示す 1・・・路線バス(三菱の0から継続)
3・・・中型路線バス(1996年から)
5・・・諏訪観光バス(1987年から)
6・・・高速バス(1986年から)
8・・・貸切バス(1980年から)
固有番号1から順番に付番。年度をまたいでも続き番号。

諏訪バス 834(松本22か1121)
諏訪バス

撮影:茅野営業所(1989.3.21)

1980年の富士重工R1型フルデッカー導入時にグループ統一(?)で800番台をつけたまま、諏訪バスはなし崩しに800番台を貸切バスの番号に割り当てました。
1986年製時点で、すでに35台目が入っています。貸切バス事業の元気だった時代です。

GI導入後の車番

川中島バス 41343(長野22あ1343)
川中島バス

撮影:長野営業所(1992)

1990年のGIによるボディデザイン変更後、グループ全社で5桁の車番が書かれるようになりました。
これは、最初の数字が会社を表し、残りの4桁は従来の車番を表示するというものです。車番のなかった川中島バスグループは、登録番号を表示します。
松電・諏訪バスグループでは、これまで1桁車番はありませんでしたが、空白部分に0を入れるため、1から付番できるようになりました。
車番は、前輪フェンダ脇にグレーの文字で書かれています。

グループ統一の付番方法
41931

所属会社を示す 1=松本電鉄
2=松電観光バス
3=諏訪バス
4=川中島バス
5=川中島グリーン観光バス
6=上越観光バス
7=諏訪観光バス
8=松電中央観光バス
固有番号 松本、諏訪地区5社は、従来の3桁の番号を踏襲(千の位は0
長野・上越地区3社は、登録番号4桁を固有番号とする
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