羨ましかった他社の仕様
撮影:ポンコツ屋赤木様(北軽井沢 1988.11.3)
そういえば中学生の頃、友人から「クサカル交通のバスはデラックス」だと聞かされて、「いや富士急行の方がデラックスだ」と反論したことがありました。当時「クサカル交通」とは何なのかも知りませんでしたが、「路線バスが全部観光バスみたい」だということはその友人から聞きました。信州や富士山などの有名な観光地なら、それが普通・・・だと思っていたのですが。
松本市内線の主力いすゞBU10(1973年)
≪松電≫ 北村ボディ
旧中浅間駅ですれ違ういすゞBU10(1973年)
撮影:中浅間(1991.10)
松本市内線の最大の幹線は、松本駅と浅間温泉を結ぶ浅間線と新浅間線です。かつての電車線路跡地をバス専用道にして走る新浅間線には、この中浅間でかつての駅舎の脇で行き違いする風景が見られました。
主力は1973年のいすゞBU10ですが、北村製作所製のボディは、前・横・後ともに前時代的な古さをかもし出しています。
≪お隣り事例≫ 山梨交通の川崎ボディ
山梨交通 いすゞBU04(1973年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(甲府駅 1988.8.22)
撮影:ポンコツ屋赤木様(甲府駅 1988.8.22)
お隣り山梨県の山梨交通では、国際興業グループということもあって、いすゞ純正の川崎ボディの車両を導入しています。
写真は同じ1973年のいすゞBU04。前面窓は大型の平面2枚ガラス、後面窓は観光バスのようなルーフラインまでの大型、側面窓はサイズが揃ったサッシ窓です。
私は子供の頃、この後ろ姿を見て「路線バスなのに観光バスみたいだ!」と歓喜したものです。
郊外線の三菱MR410(1973年)
≪松電≫ 呉羽ボディ
松本電鉄 三菱MR410(1973年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(塩尻営業所 1988.12.28)
撮影:ポンコツ屋赤木様(塩尻営業所 1988.12.28)
郊外線用に数多く導入されていた三菱車は、呉羽ボディ。これも、最後までバス窓で、後ろのおでこが丸いという旧式のスタイルでした。1973年でようやく前面のおでこにヒサシがつき、ちょっとだけ新し目になりました。
≪お隣り事例≫ 長野電鉄の富士重工ボディ
長野電鉄 三菱MR410(1973年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(長野駅 1988.7.26)
撮影:ポンコツ屋赤木様(長野BT 1989.3.26)
同じ1973年に長野電鉄に入った三菱MR410は富士重工ボディを採用。前も後もヒサシ付で、側窓はサッシ窓という当時としては川崎ボディに次ぐ近代的なスタイルでした。
上高地のいすゞBU10K(1974年)
≪松電≫ 北村ボディのバス窓
松本電鉄 いすゞBU10K(1974年)
撮影:上高地(1988.7.2)
上高地への山岳観光路線に20両もが大量投入された1974年製の車両は、高出力の補助椅子付2人掛けシートという装備ながら、車体は市内路線と変わらないバス窓。これが1990年代まで主力として使用されたため、前時代的雰囲気に、観光客の皆さんは驚きの目を向けたものです。
もっとも前後ドアに関しては、登山者の大きな荷物を後ドアからリア座席に積み込めるというメリットがありました。
≪お隣り事例≫ 北アルプス交通の観光タイプ
北アルプス交通 三菱B907S(1975年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(信濃大町駅 1989.8.10)
立山黒部アルペンルートの玄関口信濃大町駅からの扇沢線を松本電鉄と共同運行する北アルプス交通。1975年にこの路線用の新車として投入されたのは、三菱の観光シャーシの前ドア車。顔は方向幕をおでこに付けた路線タイプですが、メトロ窓でハイバックシートの観光仕様。
ちなみにここも、松本電鉄は1973年のバス窓車が大活躍していました。
≪お隣り事例≫ 草軽交通の観光タイプ
草軽交通 日産デ5RA106(1970年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(北軽井沢 1988.11.3)
軽井沢から草津温泉への山岳観光路線の草軽交通。ここでは前ドアの観光タイプを伝統的に使用しています。写真は高出力の路線シャーシでありながら、完全なる観光ボディ。側面に方向幕があるので、元々の観光路線バス用でしょう。
≪お隣り事例≫ 富士急行の前後ドア観光タイプ
富士急行 日野RC300P(1973年)
撮影:御殿場駅(1986.8.19)
前後ドアの路線バスでも観光バス並みのボディ架装は可能です。富士急行では1970年代前半に、富士山、富士五湖周辺の中距離路線にこのような車両を導入しています。シャーシは日野のターボ付路線シャーシで、上高地用BUと同じ260PSです。
貸切セミデッカー 三菱MS513N(1977〜79年)
≪松電≫ 呉羽ボディの「へ」の字くちびる
松本電鉄 三菱MS513R(1979年)
撮影:大町営業所(1989.3.6)
1977年からセミデッカーを導入、デラックス化が進むのですが、いかんせん呉羽ボディ。昭和40年代前半から変わらぬ丸みのあるボディに、オーバーデコレーションの前面グリルなど、いかにも古そうな外観は、デラックス車には見えません。赤色の渋みも増し、まだ10年そこそこなのに、かなりの旧型バスに見えました。
≪お隣り事例≫ 北アルプス交通の東名グリル
北アルプス交通 三菱B905N(1975年)
撮影:ポンコツ屋赤木様(信濃大町駅 1989.8.10)
同じ呉羽ボディの丸っこいスタイルでも、マスクを変えると見栄えが変わります。北アルプス交通では、「東名グリル」と通称される三菱ボディがよく使う前面マスクを採用。松本電鉄の「たらこ」のような「へ」の字マスクに比べて、直線的で精悍な顔になります。
≪お隣り事例≫ 千曲バスのMSグリル
千曲バス 三菱MS513N(1977年)
撮影:野辺山駅(1986.8.18)
こちらは松本電鉄と同じ1977年製の呉羽ボディ製セミデッカー。形もほとんど同じですが、マスクは最新の樹脂製を採用。やはり三菱ボディと共通なので、松本電鉄の「へ」の字マスクより新しく見えます。
≪お隣り事例≫ 長野電鉄のパノラマデッカー
長野電鉄 三菱MS513N(1978年)
画像:長野電鉄カタログ(山本様提供)
1978年製の呉羽ボディですが、長野電鉄ではパノラマデッカーを採用。その結果、ボディスタイルは三菱ボディと同じになり、だいぶ見栄えが良くなりました。
同じ呉羽ボディに発注したにもかかわらず、どうして各社各様、こんなに違うのでしょうか。
(2026年9月9日に、山本様からの情報により、写真を差し替えました)(注1)