(参考)川中島バス
川中島バスの京阪中古(1986〜87年)
写真:善光寺仁王門
川中島バスが松電グループ入りした1984年以降、貸切バスの新車が次々と導入されましたが、1986年からは長野市内の路線バスに中古車を大量導入し、冷房化と新塗装化を進めました。結果的に1987年までの2年間で終わってしまいましたが、この時に入った車両が元京阪バスの前後ドア車でした。翌1988年からは諏訪バスで同様の京阪バス中古を導入開始し、1992年からは松本電鉄でも松本市内に大量導入します。グループ3社で数多く見られた京阪バス中古の先鞭を切ったのが川中島バスだったのです。
1986(昭和61)年導入車
三菱MR470
川中島バス 長野22あ1408
撮影:長野営業所(1992.7)
川中島バス 長野22あ1409
撮影:ポンコツ屋赤木様(長野駅 1988.7.26)
京阪バスから譲受した前後ドアの冷房車でも初期の車両で1975年製。前面窓が拡大される前の三菱ボディです。1408・1409の2両あったようです。
これら初期車は若槻営業所に集中配置されたようですが、恐らく競合する長野電鉄が冷房付の新車を入れている中で、同地区の冷房化を最優先で進める意味があったのだと思います。
川中島バス 長野22あ1410
撮影:長野営業所(1989.3.26)
元京阪バスのサブエンジン冷房車。前面窓の拡大された三菱ボディですが、シャーシはMRです。1976年製。1410・1411・1414・1416・1448の5両はありました。
結局、MRはこのカラーのままで廃車になりました。見た目は呉羽ボディのMPより新しいのですが。
三菱MP117M
川中島バス 長野22あ1450
撮影:長野バスターミナル(1989.3.26)
元京阪バスのサブエンジン冷房車。
1977年製で、シャーシは新しいMPに変りましたが、ボディはちょっと古い感じの呉羽自工です。1428・1429・1450の3両はありました。
この車両も含めてMPは「Highland Shuttle」カラーに塗り替えられました。
川中島バス 長野22あ1457
撮影:長野バスターミナル(1990.1)
やはり呉羽ボディのサブエンジン冷房車ですが、ダクトの位置が上の車両より窓1個分後ろにあり、屋根上にもダクトがある1978年式です。
1986年に入ったのは1457の1両しか確認していません。
日野RE121
川中島バス 長野22あ1454
参考:川中島バス(2006)「川中島バス80年史」P.76
京阪バスからの冷房車の中で、1452・1454の2両だけが日野車でした。こちらは直結冷房なので、リアに大きめのエバポレーターを載せています。
若槻営業所に配置され、1991年以降、「Highland Shuttle」カラーに塗り替えられています。
1987(昭和62)年導入車
三菱MP117M
長野22あ1514
撮影:長野営業所(1989.3.26)
1987年になると、1978年製のMPに絞られます。1514・1517の2両を確認しています。
川中島バス 長野22あ1537
撮影:長野バスターミナル(1988.11.20)
川中島バス 長野22あ1535
撮影:長野駅(1989.3.26)
1978年製の三菱ボディはモデルチェンジされ、窓が大きくなりました。引き続きサブエンジン冷房です。
1515・1522・1535〜1538・1545の7両があったようで、モノコックボディながら新し目のスタイルです。もっとも京阪バスからの譲受車は、この年度が最後になりました。
この後、全車とも「Highland Shuttle」カラーに塗り替えられました。
川中島バス 長野22あ1539
撮影:長野営業所(1989.3.26)
撮影:ポンコツ屋赤木様(長野駅 1988.7.26)
1台だけ混じっていた富士重工ボディ。京阪バスには一定数の富士重工ボディがいたようなので、これが来る確率もあったわけですが、川中島バスに来たのはこの1両だけだったようです。
やはり、この後「Highland Shuttle」カラーに塗り替えられました。