松本電鉄・諏訪バス

1980(昭和55)年導入車

昭和の松電図鑑

写真:美ヶ原高原美術館(1991.6)

1980年は、貸切バスの新車が一新されました。フルデッカーで側窓をカーブドガラスとしたサロンバスをグループ各社に投入、カラーデザインも窓の大きなボディに似合うようにリファインされました。来るべき1980年代に向けての期待も込められていたのかも知れません。


路線車

いすゞK-CLM470(諏訪バス202〜204?)
諏訪バス 203(松本22あ727)
諏訪バス

撮影:茅野営業所(1989.3.21)

いすゞBU04の増備に当たる一般路線バスですが、メーカーのモデルチェンジにより、スタイルが変わりました。川崎ボディのこの顔は松本電鉄にはなく、諏訪バスならではの存在でした。

いすゞK-CPM500(松本電鉄30〜34)
松本電鉄 31(松本22あ735)
松本電鉄

撮影:松本営業所(1988.10.29)

久々の観光路線車は、前ドアの観光バスボディになりました。2人掛けのリクライニングシートで、補助椅子も1人掛けという観光バスと同じ内装ですが、リーフサスで冷房もありません。
それでも当時とすればデラックスな路線バスでしたが、あまり活用されているところは見かけず、貸切の予備車のような使われ方になっていました。

その後の改造
松本電鉄

貸切兼用で使うには冷房がなく、山岳路線には後ドアがないので荷物が積めないとあって、中途半端な存在になってしまっていましたが、1994年に後ドアを増設し、晴れて上高地に定期運用されるようになりました。
扉増設と合わせて「Highland Shuttle」カラーに改められています。岐阜の川重系の工場で施工したため、川崎純正ドアを付けています。もっとも年式に合わない古い仕様のドアなので、やたら古い車両に見えてしまいます。

三菱K-MK116H(諏訪バス52〜53)
諏訪バス 30052(松本22あ684)
諏訪バス

撮影:富士見営業所(1993)

諏訪バスで継続的に導入されていた中型バスは、1980年は三菱でした。1977年製とは前面方向幕の枠が飛び出している点が異なります。
この時は富士見営業所の配置になっており、クリーム色のアルピコカラーに塗り替えられました。前面方向幕には「信濃境駅」、側面の方向板には「茅野−富士見」を入れています。

いすゞK-DBR370(松本電鉄35〜37?)
松本電鉄 37(松本22か118)
松本電鉄

1980年製のマイクロバスは、メーカーのマイナーチェンジで安全窓が付きました。
白馬営業所の1両が「白馬マンガ王国」イラストバスになりましたが、1989年に元のカラーに戻されました。
実物の記録がないため、何のイラストが描いてあったか、社名がどのように入っていたかは分かりません。また、車番も明確ではありません。

貸切車

いすゞK-CSA650(諏訪バス802〜805)
諏訪バス 805(松本22あ719)
諏訪バス

撮影:茅野営業所(1989.3.21)

グループ統一仕様で導入された富士重工のR1型フルデッカー。上下2枚に分かれた前面窓や固定窓のカーブドガラス、スィングアウトドアなど、これまでなかった新機軸を盛り込んだ車両。
これに合わせてカラーデザインも変更され、赤の面積が広く、直線を使った塗り分け線に変わりました。青のピンストライプの幅や形状も変更されています。
富士重工製ボディの導入も久々です。

三菱K-MS615S(松本電鉄800〜803、松電観光バス800〜802、諏訪バス801)
松本電鉄 800(松本22あ730)
松本電鉄

撮影:松本営業所(1988.4.22)

同じR1型フルデッカーですが、シャーシにはいすゞと三菱がありました。後ろの方のエンジン通気孔の位置や形状で区別がつきます。
車内は、後部に固定サロンを持つものと、通常の45人乗りとがあったようです。
更に車番もグループ統一で800番台が与えられましたが、これは1980年代という新時代を意識したものと思われます。

三菱K-MK116H(松本電鉄75・76、松電観光バス701・702、諏訪バス54)
松本電鉄 76(松本22あ724)
松本電鉄

撮影:明科営業所(1989.3.5)

継続的に増備されていた中型セミデッカー。この年度から尺が長くなりました。
1988年に、まだまだ使うという意思表示か、貸切新カラーに塗り替えられました。
更に松電観光バスの車両は、後にアルピコカラー(Highland Express)にも塗り替えられています。

三菱K-FK102F改(松本電鉄85・86)
松本電鉄 86(松本22か160)
松本電鉄

撮影:松本営業所(1988.5.21)

小型の貸切車で、メーカーのモデルチェンジでフロントガラスの上辺が上がりました。それでも、あまり新しい感じには見えないボディスタイルです。

R1型フルデッカーその後

1980〜82年の3年間にわたって増備が続いた富士重工のR1型フルデッカーは、貸切バスのデラックス化、サロンバスの流行、窓の大きいスケルトンタイプの増加など、貸切業界の変革に合わせたものでした。松電グループでも、カラーデザインを変えるなどフラッグシップとして大きな役割を果たしました。
しかし、豪華なサロンバスを求める需要は必ずしも安定せず、少しでも座席数を確保したい学生団体に対応できないサロンバスは、稼働率が劣り、売上には寄与しない存在でした。
結果的に、松本電鉄と諏訪バスでは、新カラーへの変更もしないまま10年程度で廃車する結果となり、松電観光バスのみが多少延命したにとどまりました。

松電観光バスの貸切新カラー
松電観光バス 803(松本22あ714)
松電観光バス

松電観光バスでは、1988年頃に、当時の最新カラーである貸切新カラーに塗り替えられました。松電観光バスでは、上半分を紺色にするのが標準のようで、全体的に暗い感じの車両になってしまいました。
同時に、補助席付の汎用車に改造された車両もあり、それらは側窓が開閉式に改造されるなど外形にも手が加えられました。また、前面のライトを含めたマスクが交換されて角型ライトになり、ウィンカーの位置もライトグリル内に移っています。

松電中央観光バスのエスカル号
松電中央観光バス 80561(松本22あ809)
松電中央観光バス

松電観光バスのR1型フルデッカーは、松電中央観光バスに移籍し、それらには白色に塗り替えられた車両がありました。
ちょうど1990年に五竜とおみスキー場に開設された「エスカルリゾート」への会員制直行バスに、この車両が登用され、「エスカル号」デザインになっていました。

川中島バスへの譲渡車
川中島バス 41764(長野22あ1764)
川中島バス

1990年の新デザイン導入以降、カラーが統一されたことで、会社間での車両の融通も容易になりました。
R1型フルデッカーのふそう車では、松電中央観光バスから川中島バスに再度移籍した車両があります。

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80s岩手県のバス“その頃”