松本電鉄・諏訪バス
1972(昭和47)年導入車
写真:塩尻市のレタス畑(1990年)
レタス畑を横目に走る松本電鉄朝日線のバス。北村製作所製ボディのバスは大量に存在しましたが、これは1972年度の240番台。同じような外観だったので、形式写真を撮っていませんでした。路線車
いすゞBU10(松本電鉄230〜239)
松本電鉄 235(松本22あ163)
撮影:ポンコツ屋赤木様(松本営業所 1989.8.9)
松本電鉄 239(松本22あ167)
撮影:ポンコツ屋赤木様(松本バスターミナル 1988.7.25)
灰色のビニル張りの1人掛けシートを持つ車両。都市仕様ですが、塩尻方面の郊外線に多く用いられていました。
全部で17両のうち、前半の10両が川崎ボディでした。サッシなので北村ボディよりも新しく見えるはずですが、渋い色にくすんでしまっており、古く見えました。また、寸法合わせなのか、後ろドアの前に縦長の固定窓があり、すっきりしない車両でした。
いすゞBU10(松本電鉄240〜246)
松本電鉄 243(松本22あ170)
この年度では、川崎ボディ10両に対し、7両の北村ボディがあり、北村ボディの方が少数派でした。
川崎ボディと同様に、塩尻方面の路線に使用されていました。
三菱MR410(松本電鉄270〜284)
松本電鉄 280(松本22あ116)
撮影:松本営業所(1988.7.5)
松本電鉄 277(松本22あ113)
撮影:松本営業所(1988.6.8)
引き続き増備される三菱のMR410。15両もありました。
前年度製に比べると、前ドア次位の固定窓が縦に延び、非常口が後ろの方に移りました。
郊外路線用の仕様で、白馬や明科、塩尻など各地で見られ、松本営業所の車両は市内線にも運用されました。
松本電鉄 272(松本22あ108)車内
撮影:明科営業所(1989.3.5)
郊外線用の2人掛けで、灰色のビニル張り座席。
運賃表示器は幕式で、運賃改定があると、全部作り直して入れ替える必要があります。
三菱B800L(諏訪バス15〜20?)
諏訪バス 20(松本22あ157)
撮影:ポンコツ屋赤木様(上諏訪営業所 1988.12.28)
諏訪バス 20(松本22あ157)
撮影:ポンコツ屋赤木様(上諏訪営業所 1988.12.28)
霧ケ峰などの山岳観光路線用の高出力車。外観は普通の前後ドア車ですが、2人掛けシートとハイパワーで山を登るというのが、松電・諏訪バスグループの特徴。
観光路線仕様ながら、側面や後面窓上に広告が付けられた晩年の姿。後ろ姿は呉羽ボディのB8独特の通気孔配置が特徴。
いすゞBY31(松本電鉄200〜205)
松本電鉄 202(松本22か12)
撮影:板橋不二男様(聖高原駅 1978)
狭隘路のある路線のワンマン化の手法として、小型バスの導入を早くも1972年に開始しています。
これらは、全車とも聖高原駅前にある麻績営業所に配置されました。
なお、1982年の貸切車200〜登場に伴い、250〜に改番されたようです。
貸切車
いすゞBH20P(松本電鉄290〜294)
松本電鉄 294(松本22あ131)
画像:松本電鉄・諏訪バス「トラベルガイド」(1975年)
最終年度のオバQで、1971年度と同じくBH20Pが5両ですが、5両全車が松本電鉄に配置されています。
いすゞBU10KP(松電観光バス218〜225)
諏訪バス 222(松本22あ1045)
撮影:茅野営業所(1989.3.21)
諏訪バス 224(松本22あ1047)
撮影:車山高原(1988.11.23)
松電観光バスから諏訪バスへのグループ間移籍車。松電観光バスの貸切車を、1985年に霧ケ峰、白樺湖などの観光路線車として格下げ転用しています。
松電・諏訪バスグループではよく見られる北村製作所製ボディではあるものの、観光タイプというのは希少な存在でした。
三菱B905N(諏訪バス11〜12?)
諏訪バス 12(松本22あ134)(廃車体)
撮影:諏訪市(1989.12)
廃車になって諏訪市の国道20号線沿いに置かれていました。最後は観光路線用に格下げされていたので、前面に方向幕が付けられています。
なお、この廃車体はその後、どなたかに引き取られたようで、2000年代まで茅野市の大門街道(国道152号線)沿いで見ることができました。
諏訪バス 12(松本22あ134)
撮影:ポンコツ屋赤木様(茅野駅 1988.8.22)
撮影:ポンコツ屋赤木様(茅野駅 1988.8.22)
上の写真の車両の現役時代末期の姿をポンコツ屋赤木様が撮影していました。
氏の聞き込みによると、これら呉羽車は格下げの際に冷房エンジンを撤去してしまったとのこと。そう言われれば、真夏だというのに窓が開いています。