松電グループ完全解説
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ会社概要(1976)
多くの地方私鉄がそうであるように、松本電鉄も多業種展開しています。長野県、特に松本周辺に足を踏み入れると「松電」を冠した看板が多く見られるわけです。1980年代末期は、それらグループ企業が50社に肉薄する最大数になった時期でした。バブル経済の影響もあったと思いますが、オーナー企業特有の際限ない事業拡大意欲が成せた業かも知れません。
その後、1990年からGI(グループ・アイデンティティ)導入後に「アルピコ」を冠した社名変更や同業種の合併が推進され、さらに2000年代には事業の絞り込みにより再統合や売却が進み、グループ企業の数は減少します。
ここでは、主に1980年代末の状況をベースに、グループ発行のパンフレットなどから、業種別事業展開を解説します。
鉄道・バス事業
松本電気鉄道(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ「トラベルガイド」(1975年)
松本電鉄は松電グループの中核企業です。鉄道事業は松本〜新島々間の上高地線で、終点の新島々から上高地方面の自社バスに接続します。
事業としては、バス事業の方が拡張性があり、上高地・乗鞍周辺では岐阜県まで乗り入れ、1980年代終盤には高速バスが東京、名古屋、大阪方面に運行を開始していました。
そのほか、松電バスターミナルビルなどの不動産事業も収益基盤となっていました。
2011年にグループのバス事業を統合して「アルピコ交通(株)」となっています。
松電観光バス(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ会社概要(1976)
貸切バス専業会社としては最も早く1970年に設立された会社。車両的には松本電鉄との共通性が見られます。
2000年に貸切専業4社を吸収合併し、「アルピコハイランドバス(株)」となりました。
その後、事業再編により松本電気鉄道(一部は川中島バス)を経て、現在はアルピコ交通(株)の貸切バス部門となっています。
松電中央観光バス(株)
画像:GI開発計画(1990)
1990年に松電観光バスから分離された貸切バス専業会社で、本社を豊科町に置きました。
新しい会社だけあって、ほとんどの車両が銀色の新カラーに塗り替えられていました。
2000年にアルピコハイランドバス(株)に合併されました。
諏訪バス(株)
画像:諏訪バス蓼科高原別荘地パンフレット(1985)
1963年にグループ入りした諏訪バスは当然バス会社ですが、関連事業も多数あり、蓼科高原の別荘分譲も手掛けています。リゾート地のバス会社が別荘を分譲し、自社バスとの相乗効果を狙うというのはよくある話です。
現在は、バス事業とともにアルピコ交通(株)に合併となりました。別荘地はアルピコ蓼科高原リゾート(株)が管理しているようです。
諏訪観光バス(株)
画像:諏訪観光バスパンフレット(1987)
1987年に設立された貸切バス会社で、中小型貸切バスと廃止代替バスを運行するため諏訪バスから分社されました。
こちらは開設時のチラシで、写真の車両は諏訪バスの車両で、諏訪観光バスに所属はしていないはずです。
川中島バス(株)
画像:松電グループ入社案内(1991)
長野市に本社を置く川中島バスは、1984年に松電グループ入りしました。会社更生法に基づく再建の管財人に松電の滝澤副社長(当時)が選ばれたからで、貸切バスの増車や車両デザインの一新など、目に見える改善が進んでいたのがこの時代です。
2011年に「アルピコ交通(株)」に合併されました。
川中島グリーン観光バス(株)
画像:川中島グリーン観光バスパンフレット(1989)
1985年に長野市に設立された中小型貸切バスと廃止代替バスを運行する会社。
このチラシのように、大型のスーパーハイデッカーでありながら、3列シート採用のため30人未満の定員というような車両が、当時の分離子会社での得意技でした。
写真の日野グランジェットは、1989年製でありながら、その後の存在は確認できていません。
上越観光バス(株)
画像:上越観光バスパンフレット(1989)
1986年に新潟県新井市に設立された貸切バスと廃止代替バスを運行する会社。廃止代替バスは、川中島バス妙高営業所の1路線を引き継ぎましたが、1997年には同営業所の路線すべてを廃止代替として譲り受けています。
タクシー事業
観光タクシー(株)
画像:信州観光ガイド(1987)
1951年に設立されたのが観光タクシー(株)。松本市に本社を置くタクシー会社です。
1993年に「アルピコタクシー中央(株)」に改称、2011年にグループのタクシー事業を「アルピコタクシー(株)」に統合しています。
第二観光タクシー(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ「会社概要」(1976年)
松本地区のもう1社が第二観光タクシー(株)。
新カラーになった直後は、行灯に「KANKO 2 TAXI」と表記していました。
1993年に「アルピコタクシー松本(株)」に改称しています。
茅野乗用自動車(株)
画像:茅野ハイヤーパンフレット(1986)
諏訪地区にはタクシー会社が3社ありますが、茅野市に本社を置くのは「茅野乗用自動車」。諏訪バスより早く、1958年には松電グループ入りしています。通称は「茅野ハイヤー」と「茅野タクシー」の両方があったようです。
写真の左は黒塗りですが、右のブルーバードは紺色です。紺色の車両は一定数存在したようです。
岡谷乗用自動車(株)
画像:グループガイド(1993)
岡谷市に本社を置くタクシー会社で、やはり「岡谷ハイヤー」とも「岡谷タクシー」とも呼ばれます。
1993年に「アルピコタクシー岡谷(株)」となりました。
諏訪観光タクシー(株)
画像:諏訪観光タクシーパンフレット(1988)
諏訪観光タクシーは、登記上の本社は岡谷乗用自動車と同じ場所です。
1993年に「アルピコタクシー諏訪(株)」となりました。
ここまでのタクシー各社は、ドアだけの松電カラーから、Highland Expressカラーに変わる経過は、みな同じです。
藪原タクシー(株)
画像:信州ルネッサンス(1997)
中央西線の藪原(やぶはら)駅前にあるタクシー会社で、1958年にグループ入りした老舗です。1993年に「アルピコタクシー木曽(株)」となりました。
現在は地元資本の「やぶはらタクシー」となっていますが、アルピコ時代のカラーの面影が残されています。
岩村タクシー(株)
画像:アルピコグループガイド(1997)
岐阜県岩村町にあるタクシー会社。GI導入後に「アルピコタクシー岩村(株)」となった後、グループを離れました。
川中島タクシー(株)
画像:GI開発計画(1990)
川中島バスから1972年に分離独立したタクシー会社です。
川中島バスとともに1984年に松電グループ入りしました。
1993年に「アルピコタクシー長野(株)」となり、事業再編で2011年に「アルピコタクシー(株)」に集約されています。
弘南タクシー(株)・新興タクシー(株)
画像:アルピコグループガイド(1997)
新潟県新井市の弘南タクシー(株)と、上越市の新興タクシー(株)を1987年に松電グループとし、1993年にそれぞれ「アルピコタクシー上越(株)」「アルピコタクシー新井(株)」に社名を変更しました。
1998年にアルピコグループを離れ、現在は両社合併の上、「アイエムタクシー(株)」となっています。
自動車サービス
松電自動車工業(株)
画像:松電自動車工業パンフレット(1982頃)
松電、諏訪バスグループの自動車整備工場です。
1960年にグループ入りした「中信ピジョン(株)」と1962年に設立した「(株)松本自動車修理工場」が母体。
1992年に川バス自工とトーヨータイヤを合併の上、アルピコ自工(株)となり、事業再編により現在はバス会社のアルピコ交通の一事業部門となっています。
川バス自工(株)
画像:アルピコ自工会社案内(1982頃)
川中島バス系列の自動車整備工場で、1973年に「川中島自動車整備(株)」として設立されました。
1984年に川中島バスとともに松電グループ入りしました。
1992年にアルピコ自工(株)に合併されました。
(株)トーヨーニットータイヤ長野販売
画像:松電自動車工業パンフレット(1982頃)
トーヨータイヤの長野県総代理店で、1988年に松電自動車工業の一部門から独立しました。1992年にアルピコ自工(株)に合併、1994年に「信州トーヨー(株)」として再度独立しています。
その後、事業再編の中で、グループを離れました。
(株)松電松本自動車学校
画像:松電松本自動車学校パンフレット(1988頃)
松本市山辺の美ケ原温泉近くにある自動車学校です。
「山辺の自動車学校」と言った方が通りがよく、送迎バスにも大きく「山辺」と書いてありました。
アルピコ自動車学校松本(株)に改称された後、事業再編の中で東洋観光事業(株)の一部門となった後、グループ外に売却されました。
画像:グループガイド(1993)
画像:グループガイド(1993)
グループ名が「アルピコ」に決まった後、自動車学校の車両に展開された新デザイン。
大きなアルピコロゴを大胆に配置し、横ラインをグラデーション風に後方に伸ばすデザインです。教習車と送迎バスでは、グレーとブルーの色使いを入れ替えています。
(株)松電中央自動車学校
画像:松電グループ入社案内(1991)
塩尻市にある自動車学校。中央線(篠ノ井線)の窓から見える自動車学校です。
バスやトラックなど大型の教習車もありました。
アルピコ自動車学校中央(株)となった後の経過は、松本校と同じです。
(株)松電諏訪自動車学校
画像:諏訪バス時刻表(1987)
諏訪市にある自動車学校。
やはり、社名変更、事業統合、売却などは上記2校と同じ道を辿りました。
(株)中津川自動車学校
画像:松電グループ(1997)
岐阜県中津川市にある自動車学校ですが、ゴルフ練習場も経営しています。写真は1992年にオープンした「アルピコグリーン中津川」。
(株)ニッポンレンタカー信州
画像:アルピコグループガイド(1997)
私鉄系の企業のフランチャイズが多いニッポンレンタカーは、長野県では松本電鉄や長野電鉄が出資しました。
事業再編の中で、グループの手を離れています。
ホテル事業
(株)美ケ原温泉ホテル
画像:美ケ原温泉ホテル・リーフレット(1988頃)
松本市の奥座敷である美ケ原温泉の一番奥にそびえる観光旅館。1988年時点では、松電グループでは最も規模の大きいホテルでした。
現在では、「ホテル翔峰(しょうほう)」という名前で、アルピコホテルズが運営しています。
(株)美ケ原観光ホテル
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ発行トラベルガイド(1975)
美ケ原温泉ホテルと隣接していますが別施設。元々は「松本ヘルスセンター」で、ジャングル大浴場や大食堂、ゲーム場などの大規模遊戯場として地元の人気スポットだったそうです。
最終的にはホテル「翔峰」に統合されました。
(株)諏訪湖ロイヤルホテル
画像:諏訪湖ロイヤルホテル・リーフレット(1987頃)
諏訪湖畔に建つ5階建ての観光旅館が諏訪湖ロイヤルホテル。上諏訪温泉の自家源泉です。1966年にグループ入りした小松園ホテルが前身。
現在もアルピコグループにあり、「双泉の宿・朱白(すはく)」という名前で、アルピコホテルズが運営しています。
白樺湖観光開発(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループトラベルガイド(1975)
白樺湖畔には、白樺湖ロイヤルホテルと白樺湖畔ホテル、そして白樺湖ロイヤルヒルスキー場(←白樺湖八子ヶ峰国際スキー場)があります。1980年代には、諏訪バスが新宿からのスキーバスも運行していました。
その後、湖畔ホテルは閉鎖となり、ロイヤルホテルとスキー場は2007年にアルピコの手を離れ、鈴木商会が運営しています。
(株)清水屋ホテル
画像:松電グループ入社案内(1991)
上高地にあるリゾートホテル。1980年代後半にグループ入り。
現在は、上高地ルミエスタホテルと改称し、アルピコホテルズの運営となっています。
(株)乗鞍山頂銀嶺荘
画像:松本電鉄・諏訪バスグループトラベルガイド(1975)
日本最高地点の自動車道路である乗鞍岳畳平は標高2,700mm。リーフレットでも「日本最高地のドライブイン」とか「雲上のロッジ」を謳います。松本電鉄のバスが、長野県側と岐阜県側からここまで登ってきます。
1975年発行のトラベルガイドには、1977年7月オープンと書かれています。現在ではグループを離れています。
聖観光開発(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループトラベルガイド(1975)
聖高原すずらん湖畔に建つ国民宿舎「ホテルシャングリラ」。1980年代には閉鎖となっており、同社は「聖観光タクシー」を運行する会社になっていました。その後、アルピコタクシーに合併され、麻績村でのタクシー事業は廃止されました。
なお、信州新町にある「ひじり観光タクシー」は全く関係のない会社です。
観光開発事業
東洋観光事業(株)
画像:蓼科高原カントリークラブ・リーフレット(1988)
蓼科高原エリアでゴルフ場、貸別荘、温泉施設などの運営を行う会社で、1985年に松電グループ入りしています。1990年代には、ホテルブエナビスタの運営会社にもなっています。
現在の社名はアルピコリゾート&ライフ。
蓼科開発(株)
画像:アルピコグループガイド(1997)
東洋観光事業とともにグループ入りした会社で、蓼科地区、原村地区の別荘地などの管理、修繕を行っています。
諏訪湖観光(株)
画像:松電グループ信州観光ガイド(1987)
諏訪湖ロイヤルホテルの前から、遊覧船の運航を行っています。写真の左から「すわん」「ジェットライナーすわこ丸」「竜宮丸」。ジェットライナーは上諏訪と岡谷を結ぶ高速船です。
画像:諏訪湖一周遊覧(1987)
「スリーナイン」というのもいたようです。
奥白馬高原開発(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ発行トラベルガイド(1975)
白馬の北にある小谷村で「コルチナ国際スキー場」を開発、二つのロッジとともに営業していましたが、1988年に安達グループに売却しました。
翌1989年には見上げるほどのスケールを持つ「ホテルグリーンプラザ白馬」がオープンし、県外資本の実力を見せつけられました。
生活サービス事業
(株)松電ボウル
画像:松電グループ入社案内(1991)
ボーリング場の運営会社ですが、その前は「松電不動産(株)」という不動産会社でした。
松本、豊科のほか、茅野や篠ノ井、そして新潟県の柏崎、長岡など広範囲にボウリング場を展開していました。
事業再編の中で売却され、現在ではほとんどその姿を偲ぶことはできません。
松電観光(株)
画像:グループガイド(1993)
松本地区で旅行代理店、保険代理店などを展開していた会社。松本空港を発着する空港会社の代理店業務も行っていたため、写真には当時のJASのロゴが見えます。
1992年の合併で、松電観光(株)は保険事業に特化した「アルピコ保険リース(株)」となり、旅行事業は「アルピコ観光サービス(株)」に譲渡されました。
諏訪バス観光(株)
画像:諏訪バス会社案内(1988)
諏訪地区の旅行代理店が「諏訪バス観光(株)」。1987年に新しいバス会社「諏訪観光バス(株)」が設立されて、紛らわしい名前が増えました。
1992年に「アルピコ観光サービス(株)」に合併されました。
川中島観光サービス(株)
画像:GI開発計画(1990)
川中島バス系列の旅行代理店で、1962年に設立されています。
1992年に旅行代理店事業は、この会社を存続会社として「アルピコ観光サービス(株)」に集約されました。
現在、この事業は「アルピコ長野トラベル(株)」が担っています。
(株)松電エージェンシー
1978年に設立された広告代理店。GI導入により、川バスエージェンシーと合併し、アルピコエージェンシー(株)に改称しました。
その後、グループの事業再編などで、ポイントカードなどの(株)アマックを経て、事業はアルピコ交通の一事業部門に吸収されました。
(株)川バスエージェンシー
川中島バスグループの広告代理店。元々は、川中島商事(株)という社名だったようです。
1992年にアルピコエージェンシー(株)に合併されました。
流通事業
松電商事(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ会社概要(1976)
「松電ストア」は、長野県では信州ジャスコや長野西友(いずれも当時の社名)など大手系列と互角の売上規模を誇るスーパーマーケットです。1965年に1号店が開店し、1968年に運営会社「松電商事(株)」が設立されました。
この当時は、衣料品を展開する「松電マイム」や「メリーマム」、茅野駅前の「諏訪バスマイム」、FCによる「デイリーマート」、ファストフードの「ミリーナ」など、Mで始まる店名が複数ありました。
GIにより「アップルランド」と名前を変え、現在は「デリシア」となっています。
デイリーメイツ
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ会社概要(1976)
松電ストアのPB(プライベートブランド)商品が「デイリーメイツ」。
「MATSUDEN」と書かれた食パンや牛乳、インスタントコーヒーを買っていた覚えがあります。
1980年代まで販売されていましたが、1990年代には下の「Vマーク商品」に代られて姿を消しました。
Vマーク商品
画像:グループガイド(1993)
松電商事(株)は1987年に設立された「八社会」の設立メンバーで、「Vマーク商品」を扱っていました。八社会は京王ストアや東武ストアなど私鉄系ストアがPB商品を開発するために設立しました。大手私鉄の中に地方私鉄の松電がいるのは、違和感を感じる人が多いと思いますが、売上高では大手系列ストアをしのぐ規模なのです。当然、地方私鉄系のスーパーでは最大規模です。
2016年に脱退し、現在ではAJS(オール日本スーパーマーケット協会)の「くらし良好」や「デリシア・セレクト」などのPBを扱っています。
松電カード
画像:MEDIOカード入会申込書(1988)ほか
松電商事(株)が日本信販と提携して1986年に「松電カード」を立ち上げ、1988年には「MEDIO(メディオ)カード」と名前を変えました。
この「メディオ」という名前は、同年に松本バスターミナルの地下にオープンしたグループ総合カウンター「メディオカウンター」とともに展開されたもので、松電グループを総合的に利用できるブランド名として企画されたようです。
1993年には新グループ名の決定とともに「アルピコカード」に名前を変えました。
長野事務機器販売(株)
画像:アルピコグループガイド(1997)
オフィス機器や印刷などを行う会社です。GI導入後に「アルピコ通商」と改称し、事業再編の中で高沢産業に売却されて「タカサワ通商」となりました。
松本運送(株)
画像:松本電鉄・諏訪バスグループ会社概要(1976)
国鉄貨物の輸送を行う通運事業の会社で、緑色のトラックです。通称はそのマークから「まるうん」。
松電運輸建設(株)を1984年に吸収し、物流事業を一元化しています。
事業再編により、グループ外に売却されました。
画像:グループガイド(1993)
グループ名が「アルピコ」に決まった後、トラックに採用された新デザイン。
アルピコブルーの地色に大きなアルピコロゴを展開したデザインはダイナミックで好きでしたが、施工にお金がかかるようで、少数派に終わりました。
開発事業
松電建設(株)
画像:アルピコグループガイド(1997)
1977年に松電建工(株)として設立された建設会社。松電建設(株)に改称後、GIによりアルピコ建設(株)となりました。
事業再編の中で解散しました。
松電興業(株)
画像:グループガイド(1993)
不動産管理会社ですが、目に見える事業は、松本駅近くの駐車場管理くらいでした。オーナーが所有する不動産を管理する役目だったようです。
その他
蓼科観光開発(株)
画像:諏訪バス時刻表(1993)
もっともらしい社名ですが、1980年代後半には事実上の休眠会社となっていました。松本電鉄発行の「50年のあゆみ」(1970)では、スキーリフト経営となっています。
「蓼科開発(株)」という会社がグループ内にあり、混乱しますが別物です。
(写真はイメージ)
(参考掲載)
画像:諏訪バス時刻表(1990)
更に隣接する立科町に本社を置く同名の会社があり、この時期に蓼科山周辺で積極的な観光開発を行っていました。これは全くの別会社で、松電グループでもありません。
これが1990年の諏訪バスの時刻表に広告を掲載しており、輪をかけて混乱の元でした。「蓼科国際ホテル村」の広告です。
アルピコとは無関係ながら、やはりバブル期の投資がたたり、2010年に破産しています。
松本射撃場(株)
画像:アルピコグループ(1997)
こちらも事実上の休眠会社。
射撃場の施設は松本市里山辺にあったようなので、近くにある美ケ原温泉ホテルの窓からの風景で。
(写真はイメージ)