貸切新カラーの詳細

昭和の松電図鑑

写真:松本バスターミナル(1988.9.3)

1987年のスーパーハイデッカー導入に合わせて、シルバーの地色に3色のラインを入れた新デザインを導入しました。1984年にグループ入りした川中島バスが導入していたデザインの色違いになっています。従来の松電カラーである赤と青にもう1色を加えてグラデーションを表現する際、ピンク色を用いたことから、派手で品のない印象が強く、評判のいいデザインではありませんでした。
しかし、長野自動車道の延伸と全国的な高速バスブームを追い風に、松本電鉄が高速バスに新規参入を図ったのがこの時期。新カラーをまとった高速バスの新車が一気に数を増やしました。


松本電鉄 720(松本22あ1197)
松本電鉄

画像:松本電鉄カタログ(1987)

1987年にはスーパーハイデッカーにだけ採用されましたが、1988〜89年にはすべての貸切バスと高速バスがこの色で新造されました。中央道、長野道の延伸により高速バスが急速に増加した時期でもあり、東京、大阪、名古屋に顔を出すメジャーなデザインになりました。
各社とも1988〜89年に在来車の塗り替えを進めましたが、1990年にはGI導入を控えて塗り替えは中断しています。
最終的には、松本電鉄の中型貸切車が1998年まで唯一この色で残りました。

新デザイン塗り替え

松本電鉄
松本電鉄 211(松本22あ858)
松本電鉄

撮影:上高地(1988.7.22)

上高地乗入用の平ボディは、東京や大阪から上高地に向かう「さわやか信州号」の重要車両でもあり、1982〜83年製について全社で塗り替えが行われました。
松本電鉄ではこのタイプと中型バスしか塗り替えられませんでした。
上半分が地色のシルバーのままのパターンが、新車でのこのカラーのセオリーに最も近い塗り分けです。松本電鉄で上半分を青く塗ってしまったのは、中型バス1両くらいだったでしょうか。

諏訪バス
諏訪バス 815(松本22か900)
諏訪バス

画像:所蔵写真(上諏訪営業所 1990.4.1)

同じタイプの諏訪バスでの塗り替え車両。樹脂製のバンパーが塗装されず黒色で残されているほか、ドア上が黒く塗装されている点などが、松本電鉄と異なります。
諏訪バスでは、1984年製のいすゞや三菱エアロバスも塗り替えられています。

松電観光バス
松電観光バス 584(松本22あ897)
松電観光バス

撮影:本社営業所(1992.1)

松電観光バスは1980〜85年製がすべて塗り替えられています。最も多くの車両が塗り替えられたのですが、上半分が裾と同じ青色に塗られるのがデフォルトのようです。新車のデザインセオリーに反するし、見た目も暗い感じで、センスの悪いデザインが余計悪化してしまい、私は嫌いでした。(何度も同じことを書いてしまい済みません)

モノコックボディの塗り替え車
松本電鉄 75(松本22あ723)
松本電鉄

撮影:松本営業所(1988.7.20)

中型バスはモノコックボディの車両も新カラーに塗り替えられています。松本電鉄では1980〜81年製、松電観光バスではさらに1982年製のいすゞも塗り替えられました。当時稼働が高かったのでしょうか。

このデザインの元祖・川中島バス

1983年に会社更生法を申請し、松本電鉄副社長(当時)の滝澤氏が管財人になったことで、1984年に松電グループ入りした川中島バスでは、再建のために貸切バスの更新を進めます。同時にイメージ一新のための新カラーを採用しました。シルバーの地色にコーポレートカラーでもあるグリーンのグラデーションを施した新デザインは、早くも1984年の新車から導入されています。このカラーが1987年に松電・諏訪バスグループに導入される貸切新カラーのベースにもなるのです。
貸切バスの新車
川中島バス 長野22あ1293
川中島バス

画像:川中島バスカタログ(1985)

1984年に導入された新車に採用された新カラー。側面のローマ字「KAWA BUS」はその後に分社された川中島グリーン観光バスや上越観光バスも同じです。
バンパーは樹脂製の黒色のままで、塗装されていません。

川中島バス 長野22あ1303
川中島バス

画像:川中島バスカタログ(1985)

特別車と書かれた32人乗りサロンバスは、「KAWA BUS」ロゴの色が標準車と変えられています。このパターンは、この車両だけに終わったようです。

貸切バスの塗り替え車
川中島バス 長野22あ963
川中島バス

撮影:更埴営業所(1995)

川中島バスでは、1976年製以降のハイデッカーや平ボディについても新カラーに塗り替えています。写真はモノコックボディの一例ですが、窓周りが黒く塗られるのが特徴です。
松電観光バスが窓周りを紺色に塗ったのは、この黒色を取り違えた結果なのかもしれません。

貸切バスの中古車
川中島バス 長野22あ1686
川中島バス

撮影:更埴営業所(1990)

川中島バスでは、中古車により貸切バスの代替も進めており、1989年には遠州鉄道からフルデッカーが移籍しています。

路線バスの新車
川中島バス 長野22あ1393
川中島バス

撮影:長野南営業所(1989.3.26)

松電・諏訪バスと異なり、川中島バスでは路線バスもこのカラーを採用します。
1985〜90年の新車が対象で、サッシは銀色ですが窓周りは黒く塗られています。

路線バスの中古車
川中島バス 長野22あ1522
川中島バス

撮影:長野営業所(1989.3.26)

川中島バスでは早くから中古車を導入していましたが、1986〜87年には冷房付の中古車が大量に入り、すべて新カラーに塗られました。
後ドアと戸袋窓の周りが黒くないのは、何の意図でしょうか。

本当の元祖・・・日野自動車のカタログ

日野ブルーリボン RU
日野ブルーリボン

画像:日野自動車カタログ(1984)

日野ブルーリボン

画像:日野自動車カタログ(1984)

松電・諏訪バスの貸切新カラーの元となった川中島バスの新カラーは、滝沢新社長が設計したとのまことしやかな話がありますが、実はその元祖は車両メーカーである日野自動車のカタログカラーです。
川中島バスが新カラーを採用した1984年発行のカタログに赤系、青系の色違いのデザインが掲載されています。当時流行の後部でせりあがるデザインですが、前面や側面の窓下の2色のラインや、斜めラインと水平ラインが交差する箇所の造作など、細部の特徴が川中島バスと一致します。
余計な話ですが、松電、諏訪バスも、このカタログをモデルにして、地色を白に、ラインの3色目をシルバーにすれば、それなりに上品に仕上がったかもしれません。

≪余談≫そんな当時思っていたこと

≪実際≫ 川中島バスの新カラー
川中島バス

画像:川中島バス時刻表(1990)

≪実際≫ 松本電鉄・諏訪バスの新カラー
松本電鉄

画像:松本電鉄高速バスチラシ(1988)

ちょっと不思議だったのは、利用者、事業者関係なく、川中島バスの新デザインはそこそこ好評だったことです。これが「同じもの」を転用したはずの松本電鉄・諏訪バスではどうして不評なのでしょう。
当然、それは色選択にあると思います。
3色グラデーションを表現した川中島バスは、濃い緑から明るい緑へと順に変化させます。グラデーションというのはそういうことです。

≪もしも≫ 貸切新カラー(松電バージョン)
松電観光バス

グラデーションというのは段階的な変化なので、紺色と赤という全く違う色の組み合わせではなく、同じ赤系統の濃淡にすればすっきりするのでは、と思いました。
(イラストは、ピンク色と赤色は実物と同じ色、紺色を濃い赤に変えただけです)

≪もしも≫ 貸切新カラー(諏訪バスバージョン)
諏訪バス

松本電鉄が赤系のグラデーションなら、諏訪バスは青系のグラデーションにしてみては、ということです。
川中島バスに負けない、爽やかな信州に向かうバスという雰囲気が出ています。
(イラストは、紺色は実物と同じ色、赤系の2色を青系に変えてみました)


そんなつまらない心配や想像をしていたのは、今から考えれば1988〜89年という短い期間でした。
1990年に、松電グループではGI(グループ・アイデンティティ)を導入し、バスのカラーデザインを一新することになります。
いや、待てよ・・・もしかすると、松本市内のどこかのカウンターバーで、地元経済界の大物が「おたくのバスのデザイン、ちょっとどうかな」などとトップを相手に呟いたことがあったとしたら、この“変な”カラーデザインもGIによる新たなカラーデザインを生み出す重要なきっかけになったのかも知れない。
ふとそんなことを思った36年後の夏の日でした。

昭和の松電図鑑
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80s岩手県のバス“その頃”