絵葉書でめぐる日本バス紀行(島根県)

島根県は、山陰地方西部に位置し、県庁所在地は松江市です。県内は、東部の出雲(いずも)地方、西部の石見(いわみ)地方、離島部の隠岐地方に区分され、それぞれ旧国名とほぼ一致します。
出雲地方は、松江市、出雲市を中心とするエリアで、松江城や出雲大社などの観光資源で知られます。隣接する鳥取県とは経済・文化面で緊密な関係があります。
石見地方は、浜田市、益田市を中心とするエリアで、石見銀山、三瓶高原などがあります。
隠岐地方は、島後島、西ノ島などの隠岐諸島で、隠岐ユネスコ世界ジオパークに認定されています。
出雲地方
松江大橋
松江大橋
撮影時期:1921年
松江大橋
撮影時期:1920年代(1921年以降)
同じく16代松江大橋ですが、1921年に橋の表層と欄干の工事を行った新装後の橋です。
後ろ姿が見えているバスは、やはり電車のようなモニター屋根を持つボンネットバスですが、上の絵葉書と比べると、モニター部が妻面にカーブを描いて降りているため、若干新しい車両のようです。
松江大橋
撮影時期:1960年代前半(1962年以降)
後方には「フジカラー」の大型広告や「ナショナルテレビ」のタワーが見えます。
バスは日野BD34(1960年製、金産ボディ)です。
緑ナンバーになっているので、1962年以降の撮影。
松江大橋と宍道湖
撮影時期:1960年代前半(1962年以降)
このバスも赤系のカラーですが、淡い感じの色になっています。
バスはいすゞBA351D(1958〜59年、富士重工)と推察します。遠くに見える後ろ姿は、トヨタDRでしょうか。
緑ナンバーになっているので、1962年以降の撮影。
宍道湖・玉造温泉
出雲玉造温泉 観光バスの往来しげし
撮影時期:1950年代前半(1952〜55年)
絵葉書の右端に書かれているのは「玉造温泉小唄」の歌詞。
バスは鳥取県の澤タクシー(通称:サワタクバス)で、後の日本交通です。三菱B25(新三菱ボディ)。鳥取のサワタクは1952年の設立です。横長の黄色ナンバープレートをつけていますので、1955年までの撮影。
ナンバープレートは鳥2 23610と読めます。
出雲玉造温泉
撮影時期:1950年代
印象深くと書かれています。
出雲観光の一環として
ここ玉造は四季とりどりの風情に
旅人の旅情を満喫させてくれる。
バスは後ろの窓の形から、梁瀬ボディのボンネットバスで、1950年代中ごろの製造の車両と思われます。
出雲・一畑薬師 ドライブ・ウェイ
撮影時期:1960年代前半(1962年以降)
宍道湖、斐伊川を見下ろす、この雄大な景観は他に類を見ない。と書かれていますが、この写真からは山しか読み取れません。
ドライブウェイは未舗装のようですが、白いガードレールは設置されています。
一畑電鉄のバスは日野BD15(1961年、金産ボディ)のようです。ブルーリボンですが前面窓が連続窓になった最終形。ナンバープレートは317。
後ろの赤い一畑電鉄は日野RB10(1962年〜、金産ボディ)。
宍道湖畔の松江道路
撮影時期:1960年代前半(1962年以降)
この先に料金所が見えますが、現在の国道9号線の玉湯付近。
バスはトヨタDR10(三菱ボディ)のようです。中央部にあるエンジン通気孔が特徴。前輪は、後輪よりも内側にあるように見えます。緑ナンバーになっているので、1962年以降の撮影。
朱色系のカラーです。
玉造温泉へ通じる松江道路
撮影時期:1960年代(1964年以降)
松江道路と新玉造温泉
撮影時期:1960年代(1962年以降)
一畑電鉄のバスは日野RB10(1961〜63年、帝国ボディ)。前面には「一畑観光」と書かれているので、貸切バス。ナンバープレートは437と読めます。
玉造温泉全景
撮影時期:1960年代(1962年以降)
左下に待機中の一畑電鉄バスが見えます。
玉造温泉駅
撮影時期:1960年代(1965年以降)
駅前には一畑電鉄のバスが待機しています。
石見地方
国立公園三瓶山 スキー場
撮影時期:1960年代前半(1961年以降)
広漠たるゲレンデはなだらかなスロープに恵まれ、太平山まで810mのリフトをもつ公認スキー場。初心者から上級者まで楽しくすべれるこのスキー場はシーズン中約5万のスキーヤーでにぎわう。
山陽電鉄の貸切バスは、日野BD10系列(1961年以降、西日本車体)で、冷房車。
一畑電車
一畑駅附近
撮影時期:1910年代(1915年以降)
車両は開業時に用意されたアーサー・コッペル社製のB型タンク機関車と、2軸の客車6両です。
(京都大学鉄道研究会(1968)「一畑電気鉄道」(鉄道ピクトリアルNo.199)による)
【一畑薬師】
撮影時期:1930年代
一畑寺の山麓にある一畑電鉄一畑駅は、小境灘駅(現・一畑口駅)の北側にあった一畑薬師(一畑寺)参拝用の駅でした。
終点駅で一畑村の全景を望む。
一畑電気鉄道の車両はデハ1形(1927年製)で、昭和初期の鋼製車。前照灯が腰板にある初期の姿です。
出雲国一畑駅
撮影時期:1930年代
車両はやはり一畑電気鉄道デハ1形(1927年製)です。前照灯がありませんが、昼間は取り外すのでしょうか。
有蓋貨車1両を牽引しています。
出雲国一畑駅
撮影時期:1933年
多少色褪せたデハ1形と綺麗な木造車2両が連結されていますが、入線したばかりの元大阪電気軌道(←吉野鉄道)の車両だと思われます。
手前の車両には11の番号がありますので、大阪電気軌道のホハ11の表記のままです。そうすると奥の木造車はホハ15でしょう。その後、クハ102・103となる車両です。