エンジン通気孔(日産ディーゼル)の詳細説明
日産ディーゼルのリアエンジンバスの後面のエンジン通気孔の配置について、詳細を分類してみます。図はエンジン通気孔を比較するための模式図で、実物のボディスタイルとは異なります。
民生デイゼル
民生BR (1950〜55)
民生デイゼルのコンドル号、イーグル号の初期の通気孔形状です。
民生コンドル号・イーグル号 (1955〜59)
後期には、エンジン通気孔がかなり小さくなりました。
日産ディーゼル4R系
4R系 (1960〜68)
日産ディーゼルになって縦置きエンジンに変わり、エンジン通気孔も大きくなりました。
4R系 (1969)
側面右側の小さな網がなくなりました。
4R系 (1970〜73)
マイナーチェンジにより、側面の通気孔の形状が変わりました。
日産ディーゼルPR
PR(1970〜73)
標準車
4サイクルエンジンのPRは、後面の通気孔が4R系と対称的な配置になっています。
後ドア引き戸
後ドアが引き戸の場合、通気孔の配置が異なり、後面が右寄りになるため、4R系と同じになります。
日産ディーゼルU系
U(1973〜74)
1973年登場のU系は、横倒しエンジンになったため、側面の通気孔の縦寸法が小さくなりました。後面は4R系に近い配置です。
なお、標準ボディの富士重工の場合、側面の裾が傾斜していますが、模式図のためそこまでの表現は省略しています。(北村や西工などは傾斜していません)
U(1974〜76)
1974年から、左側面の通気孔がなくなりました。
U(1976〜80)
1976年から、後面中央の通気孔がなくなり、後面は右に1つだけになりました。
エンジンの異なるU30/35は後面の通気孔の縦寸法が小さくなっていますが、模式図ではこの違いは省略します。
また配置自体は日野REと似ていますが、形状が若干異なります。
U(1980〜84)
1980年のモデルチェンジでU31/36に変わりますが、後面の通気孔が逆L字形に変わりました。
U(1984〜86)
1984年のモデルチェンジでU32に変わりますが、後面の通気孔が四角になるとともに多少小さくなりました。右側面は逆に大きくなったようです。
U(1986〜)
後面の通気孔なし
1986年になって、ようやく後面の通気孔がなくなりました。右側面も小さくなりました。
この形状が、1988年以降のUAにも引き継がれています。
日産ディーゼルRA
RA50(1973〜76)
1973年登場のRA50は、V8エンジンの観光バス用シャーシで、後面のエンジン通気孔はPRやUなどと似て2つが並んでいます。
RA50(1976〜80)
1976年から後面中央の通気孔がなくなるとともに、左側面の通気孔が縦長に変わりました。
RA51(1980〜84)
1980年のモデルチェンジで、かなり細かくまた複雑な形状になりました。
RA52(1984〜86)
1984年のモデルチェンジで、通気孔の形状が若干シンプルになっています。この辺の変化も路線バスのU系と歩調を合わせています。
RA(1985〜)
後面の通気孔なし
1985年に登場したRA46と1986年のモデルチェンジによるRA53で、後面の通気孔がなくなりました。側面の細い通気孔もなくなり、右側面の四角い通気孔が残るのみになりました。
日産ディーゼルRM
RM90(1975〜80)
観光・自家用
1975年登場の中型バスRM90は、後面の通気孔がUなどと似て2つが並んでいます。縦置きエンジンなので、側面の通気孔は縦長です。
路線バス
路線バスは、後ろドアを設置することを前提に、エンジン配置を観光・自家用と逆にしたため、右側に通気孔があります。
RM80(1980〜83)
標準
1980年にRM80にモデルチェンジされた際、後面の通気孔が一つに減りました。
この時期から、路線バスも後ろドアがない場合は観光・自家用と同じ配置になります。
後ドア付
後ドア付の路線バスは、前期間と同様にエンジン配置が異なり、通気孔が右にあります。
RM(1984〜)
後面の通気孔なし
1984年にRM81にモデルチェンジされた際、後面の通気孔がなくなりました。
その後の日産ディーゼルの中型バスの標準的な通気孔配置になります。
