ボディとシャーシの組み合わせ
現在ほどボディメーカーの系列化が進んでいなかったため、一つのボディメーカーで複数のシャーシに架装していることが多く、ボディを見ただけでシャーシを見分けるのは困難でした。ここでは、まず1960〜70年代を中心に見られたボディとシャーシの組み合わせを一覧にしてみます。系列化が進むことにより、その組み合わせは徐々にシンプルになってゆきます。
| ボディメーカー | シャーシメーカー | 備考 |
|---|---|---|
| 川崎航空機(→川崎重工業→川重車体→アイケイコーチ) | ||
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いすゞ自動車 | 指定車体 |
| 日野自動車工業 | 1972年まで | |
| 三菱自動車工業 | 1972年まで | |
| トヨタ自動車 | 1972年まで | |
| 富士重工 | ||
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日産ディーゼル工業 | 指定車体 |
| いすゞ自動車 | ||
| 日野自動車工業 | ||
| 三菱自動車工業 | ||
| 日産自動車 | 1968年バス製造中止 | |
| トヨタ自動車 | 1974年バス製造中止 | |
| 帝国自工→日野車体 | ||
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日野自動車工業 | 指定車体 1975年以降の日野車体は系列 |
| いすゞ自動車 | 1983年まで 最後は国鉄のみ |
|
| 金産自工(1975年に日野車体に合併) | ||
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日野自動車工業 | 指定車体 |
| 日産ディーゼル工業 | 1972年まで | |
| 三菱自動車工業 | 1972年まで | |
| 日産自動車 | 1968年バス製造中止 | |
| 新三菱重工(→三菱重工→三菱自工) | ||
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三菱自動車工業 | 同一会社 |
| トヨタ自動車 | 1967年まで | |
| 呉羽自工(→新呉羽自工) | ||
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三菱自動車工業 | 指定車体 |
| 日産自動車 | 1968年バス製造中止 | |
| 北村製作所 | ||
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いすゞ自動車 | |
| 日産ディーゼル工業 | 1974年頃まで | |
| 三菱自動車工業 | 1972年まで | |
| 西日本車体 | ||
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日産ディーゼル工業 | |
| いすゞ自動車 | ||
| 日野自動車工業 | ||
| 三菱自動車工業 | ||
| トヨタ自動車 | 1974年バス製造中止 | |
(注2) ボディとシャーシの組み合わせは、1960〜80年代の大型リアエンジンバスを基本に記載。
シャーシとボディの組み合わせと系列化
図1-1-1 “その頃”のバスメーカー
かつては、シャーシメーカー、ボディメーカーともに数多く存在しました。両社の系列化は進行途上で、富士重工や西日本車体をはじめとする独立系のボディメーカーが、複数のシャーシに架装していました。
図1-1-2 現在のバスメーカー
2000年代に入り急速に系列化と淘汰が進み、シャーシは3社、ボディは2社に集約されました。
※2026年に日野と三菱ふそうが系列化され、三菱ふそうと台湾の鴻海による新会社が設立された後の想像図です。現段階では「三菱ふそうトラック・バス」と「三菱ふそうバス製造」が直接黒線で結ばれます。
製造と販売の形態変化
図1-1-3 “その頃”の形態
シャーシメーカーと系列化されていない複数のボディメーカーがあった時代は、多様な組み合わせはあったものの、販売のイニシアチブを握るのはシャーシメーカー系列の販売会社でした。ボディメーカーに関わらず、シャーシメーカーのバスとして販売されます。
図1-1-4 OEM供給
OEMというのは、相手先ブランドでの製造で、自社製品と全く同じものを相手会社に供給します。
図は、2003年から行われた日野車(ノンステップバス「レインボーHR」)をいすゞ車(「ジャーニーJ」)として販売したOEMの事例です。
2007年には三菱ふそうと日産ディーゼルとの間で相互のOEM供給が開始されたほか、小型バスでは、日産自動車といすゞ自動車、トヨタ自動車と日野自動車との間でも行われています。
図1-1-5 統合車種
いすゞと日野では、2004年から「統合車種」という形態に移行します。共同出資によるボディメーカー「ジェイバス」を設立し、路線系は主にいすゞで、観光系は主に日野でシャーシを製造し、同じ車種を両社別ブランドで販売します。
いすゞエルガミオなどのOEM供給だったものも順次「統合車種」に移行しました。








