続にっぽん奇行


「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。

(第9回)こだま号のざしきわらし


行列に並ぶのが嫌いだ。
だから行列のできる人気店には行かない。行列ができない、空席があるお店に行く。
多分、行列ができるからといって特別おいしいわけではない。口コミでおいしいと聞いたから行列ができるだけだ。
高知駅前の定食屋さんも、すいていたけれど、絶品のカツオのたたき定食を食わせてくれた。魚介のだしが効いた味噌汁は最高の味だったし、若い女性店員に「カツオのたたきはまず塩で食べてください!」と言われて食べたら、目から鱗が落ちるおいしさだった。
函館朝市の海鮮屋さんも、先客は誰もいなかったけれど、色鮮やかな海鮮丼を食わせてくれた。北の海というのは、生物に命という宝物だけでなく、味という宝物も授けているんだと、改めて実感せずにはいられなかった。
多分、日本人は、おいしいものが食べたいのではなくて、行列に並びたいだけなのだろう。
にっぽん奇行 新幹線の指定席乗り口でも、彼らは行列を作っている。席は決まっているのだから、我先に乗る必要はないのに、行列を作っている。そして、行列に並んでいる人ほど、扉と反対側の自席へと通路を延々と歩いて行ったり、大きなスーツケースを荷物棚に上げるのを難儀して通路をいつまでも占領していたりする。
指定席の良さは、発車間際に駅に着いても慌てずに列車に乗れることだと思っている。売店で100円のコーヒーを買ったり、きしめんスタンドで天ぷらきしめんを食べる時も、余裕でいられるのがいいのだと思う。
もっとも、座席選択に問題があると、せっかくの余裕も台無しになる。空いている新幹線の始発駅で、既にいちゃいちゃしているバカ夫婦と同じ3人掛けに座る羽目になった時は、指定席券を紙くずにしても、その席に座ることを拒否せざるを得なかった。
最初から自由席を選択した方がいい列車もある。新幹線の「こだま号」は自由席の方が空いている。
山陽新幹線の「こだま」号は特に空いている。誰も乗っていない自由席で、駅弁を買い込んで、誰にも邪魔されずに昼食タイムを楽しんでいた。途中から乗ってきた子連れの若いお母さんが、そういう空気を読まずに私のすぐ前の席に座った。
3歳くらいの女の子が、退屈して座席の上に立ち上がった。目が合った。
「食べてる」
デリカシーのかけらもない3歳児は、嬉しそうに笑いながらそう言った。こちらも常識のある大人だから、小さな子供の笑顔にはちゃんと笑顔で返してあげる。そうすると、女の子はさらに喜んで、座席の上から、背摺りの隙間から、ひょいひょいと顔を覗かせる。
だんだんと鬱陶しくなってきた。
にっぽん奇行 女の子が気付かない隙を見て、食べかけの弁当を抱えて、そこから8列くらい後ろの座席に移動した。
再び静寂の中で、誰にも邪魔されない昼食タイムが戻って来た。食べ終えて、お茶などを飲みながら、窓の外を眺めていた。
ズザーッ。
通路を何かが滑ってきた。ホームベースに滑り込みをするように、さっきの女の子が新幹線の通路を滑ってきた。それも、ちょうど私の席で止まるように滑ってきた。そして、予めここに私がいるのを知っていたかのように、顔だけはこちらに向いていた。嬉しそうに笑っている。
恐怖に凍り付いている私をよそに、母親が女の子を回収に来て、笑顔をこちらに向けたままの女の子は、引きずられるように姿を消した。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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