「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。
(第8回)夕暮のメロディに恋を語る
岩手県の大船渡市では、1日3回、時を告げる音楽が流れているらしい。朝は「エーデルワイス」、昼は「野ばら」、そして夕方には「イエスタデイ」。
子供たちは、「イエスタデイ」が流れると、家に帰らなければならなくなるのだ。
それを聞いて思い出した。私の中学校の下校放送も「イエスタデイ」だった。ボーカル入りの時とインストゥルメンタルの時があったから、センスのある放送部員が使い分けていたんだと思う。だから、今も「イエスタデイ」を聴くと夕暮に背中を押されて家に帰りたくなる。
確か「イエスタデイ」は失恋の痛みを歌った歌だから、夕暮の下校時には似合っていた。中学生なんて、下校時には大体恋バナに花を咲かせていた。

ああ、そうか。俺とE子は、京都・奈良の修学旅行で、ずっと一緒にいたんだ。だから、そいつは俺が江川卓の「空白の1日」みたいに、E子を横取りするんじゃないかと心配なんだ。
帰り道というのは、そんな逸話が転がっているから、「イエスタデイ」が似合うのだ。
しかし今、時を告げるような音楽は、ほとんど耳にしなくなった。多分、住民から苦情が増えたんだろう。年に1回くらいの学校の運動会の音楽にもクレームがつく時代なんだから、仕方がない。

ただし、横断歩道の音楽こそ、音公害だったかも知れない。音楽とは言い難い、ブザーで無造作に作っているだけで、強弱もなければスタッカートもない、ベターッとした音だった。
ある日、外国人旅行者の女性が、この横断歩道の「とうりゃんせ」を口ずさみながら歩いていたのを耳にし、私は愕然とした。このままでは、横断歩道のおかしなメロディが、「日本のメロディ」になってしまう。外国人旅行者だけではない、最近生まれた子供が、このメロディを口ずさむようになってしまう。
そんな私の強烈な危機意識が、道路信号の会社に伝わったらしく、横断歩道の音楽は消えてゆき、鳥の声に変って行った。地域差のない、つまらない鳥の声だけれど、害もない。そんな横断歩道を仲良さげな高校生の男女が歩く風景を見るとき、ふと思い出す。あいつから変な恋バナをされたことで、E子に対する想いが急速にしぼんで行った夏の日のことを。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)
(つづく)