続にっぽん奇行


「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。

(第7回)コンプレッサーに慌てる大人たち


昔の電車はモーター音が大きくて、車体にびりびりと振動が伝わってきた。それを聞くのが電車の醍醐味だとばかり、モーターのついた車両を選んで乗る癖がついていた。
にっぽん奇行 電車には、モーターのほかにも色々な機械がついているらしく、コンプレッサーという機械が奏でる振動も心地が良かった。これは、生き物の鼓動のように、ドッキンドッキンという音を立てた。その音も古い電車ほど大きく、また不整脈のように不規則になることもあった。最後は息が絶えるように、ドッキン、ドッキ、ドキ、ドキ、ド・・・ド・・・、と止まってしまったりする。
私はエンジニア脳ではないので、このコンプレッサーという機械が、どのような役割を果たしているのかは、よく分かっていなかった。ただ、動力であるモーターとは直接関係のない働きをしているのであろうことは、ぼんやりと分かっていた。
それは、加速時とか登坂時に唸りを上げるモーター音とは全く違うタイミングで、コンプレッサーは稼働し始めるからだ。特に、モーターがお休みの停車中に、不意にコンプレッサーが動き始めるということも間々あった。
ところで、1970年代までは、長距離の普通列車というものが当たり前に存在し、立派な大人も普通列車を利用して日本国内を移動していた。背広を着込んだ父親とボックスシートに座っていて、向かい側には分厚い漫画雑誌を読んでニタニタしている長髪の若者が座っていたりする。読み終わった漫画を「ボク、読むかい?」と私に差し出した途端、「結構です」と父親が遮断してしまったりした。
長距離の普通列車は、聞き慣れない山の中の駅で、長時間停車することも多い。
「急行列車の通過待ちのため、20分ほど停車します」
そんな感じの放送でドアが開くと、広いホームと間近に迫った山と、ピーヒョロロというトンビの鳴き声だけが聞こえる静まり返った時間がやってくる。
列車に乗っていた男たちが、暇つぶしにホームに出てきて、ポケットから煙草を取り出して火をつける。火をつけた後のマッチは、チャッチャッと振って火を消すと、ホームに投げ捨てる。そして、山の間から見える澄んだ青空などを眺めながら、おいしそうに一服を楽しむのだ。
にっぽん奇行 そんな時、いきなり電車の床下から、ドキッ、ドキッ、ドキドキッというコンプレッサーの鳴る音があたりに響き始める。
すると、それまで余裕の顔つきで煙草をくゆらしていた男たちは、慌てて煙草をホームに投げ捨てると、停車中の列車に戻ってゆく。コンプレッサーの音を聞いて、列車が発車すると思い込んでしまったのだ。
さっき車掌は20分間停車すると言っていたし、そもそも、追い抜いてゆく急行列車さえまだ来ていない。発車するわけないじゃないか。
生意気な子供だった私は、ホームの真ん中に立ったまま、滑稽な大人の慌てっぷりを眺めていた。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”