続にっぽん奇行


「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。

(第6回)自殺の名所がこっちを見てた


社会人になって間もない頃だった。なんだか、色んなことが思い通りに進んでいないような気がしていた。そして、段々と自分をつらい環境に追い込まなければいけないというような思いが募ってきた。
にっぽん奇行 そんなある日、旅に出ることにした。日本海の断崖絶壁に一人で立って、荒々しい夜の海を眺めてみたくなったのだ。
与えられたばかりの有給休暇を使って、北陸地方に旅立った。職場のホワイトボードには、「休み」とだけ書いて、いつ出勤するかを書かなかったので、上司が「ちゃんと帰って来るんだよな」と心配した。
とりあえず一発目はお約束の東尋坊を見た後、金沢駅から能登半島行の特急バスに乗った。宿泊場所は輪島市だったが、その日のうちに能登金剛に行ってみた。小雨よりもちょっと強めの雨が降り続く天気だった。日が暮れるより少し前に着いた能登金剛で、できるだけヤバそうな絶壁に向かってぴょんぴょんと走ってゆき、下の方に構える海などを眺めて、またぴょんぴょんと断崖絶壁を走って回った。濡れている岩で滑って転ばなくてよかった。
翌朝は、輪島の朝市が名物だと言われたにもかかわらず、そこを通り過ぎて、また海を見に行った。そのまま、曽々木海岸、木ノ浦海岸とまわり、同じように断崖絶壁の一番端っこまで行って海を見下ろしてみたりした。オフシーズンで人はいなかったので、不意に崖の上から姿を消してしまっても、誰一人として気づかないと断言できる。
それでも結果的に生きたまま、開業して間もない「のと鉄道」に乗って、能登半島一周を終えたのだった。
にっぽん奇行 次にチャレンジしたのは、富士五湖の一つ一つの湖を徒歩で一周するという旅だった。そこに山があるから登る人がいるのなら、そこに湖があるから歩く人がいてもいい。
電車とバスを乗り継いで、まずは一番遠い本栖湖に到着した。しかし、不安定な夏の天気は、またも私に雨という洗礼を受けさせるのだ。近くに青木ヶ原樹海という自殺の名所があるので、ちょっと寄ってみたかったが、それどころではなくなった。次の精進湖に向かうべく、富士急行の路線バスに乗り込んだのだが、なんとそのバスは精進湖をぐるりと一周してしまった。歩いて一周すべき場所をバスが一周してくれたのだ。精進湖はクリアしたことにしよう。次に向かう西湖は、風穴のバス停で降りて、歩いて向かう。通り過ぎるスポーツカーの窓から「わっ!」と若者が大声を出したりした。馬鹿にされていると感じたのはそれだけではない。数日前に訪れた台風の影響で、西湖を巡る道路の半分が通行止めになっていたのだ。一周できないので半周だけして終わった。
翌日は、本丸とも言える河口湖と山中湖を一周する予定だった。ところが、夏の天気はこんな私の情熱をせせら笑う。本降りの雨になってしまった。もらった休みを伸ばすわけにはいかない。仕方なく、河口湖と山中湖は断念することにした。よく考えてみると、最初の目標通りに歩いて一周できたのは、本栖湖だけだったような気もする。
まあ、いいや。山中湖畔のお土産店で、熔岩の形をした砂糖菓子を買い込んで、大人しく帰ることにした。
職場に戻り、上司の机の上に、お土産の熔岩の砂糖菓子を裸で置いておいた。期待通り「何だこれは。岩か」と呟いてくれた。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”