続にっぽん奇行


「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。

(第4回)ホームに流れる子守歌


かつて、駅の発車ベルというのは、切迫感があった。
その音は、文字通りベルであり、ジリリリリリリーンとホームに響き渡り、その音に急かされて、人々は乗り遅れまいと列車に駆け込んだ。
発車ベルが鳴り終ると、車掌はピピーッと小気味良い笛を吹いて、ドアを閉める。ドアが閉まった電車は、ガクンッと振動しながら出発してゆくのだ。
にっぽん奇行 ベルの音は、人を覚醒させ、危機感を持たせる効果がある。なので、電話の呼び出し音も、目覚まし時計の音も、銀行の非常ベルも、ベル音だった。
そんな発車ベルが電子音に変って行ったのは、1980年代が来たころだ。山陽方面の旅行中に、これを初めて耳にした。西日本方面は進んでいるな、と思った。ヒョロロロローン、というちょっと間抜けな音色だったけれど、これまでのベルに比べると、新しいメカの臭いがした。
これが首都圏に導入される頃、中央線に「省エネ電車」が走り始めたこともあり、都会の新しい音色という印象が強かった。
ホームにヒョロロロロローンという電子音が鳴り響く時代、日本には、テクノカットの若者やハウスマヌカンとかナウい人たちが、お洒落なDCブランドに身を包んで闊歩していた。もっとも、そんな新しい時代を予感させた電子音は、そう長くは続かなかった。
新宿駅と渋谷駅に、鐘の音にヒントを得たという新しい「発車音」が登場したのは、1989年のことだ。ハープの音色によるこの発車音は、間もなくバブル経済が終わろうという時代のはざまにすべり込んできた。
雨の降り続く金曜日、待ち合わせの渋谷駅に向かう山手線の中で、この発車音を繰り返し耳にした。無機質な都会の通勤電車という場にはそぐわない、心に優しくノックしてくるような響きだった。雨に打たれながら、この音色をじっと聞いていると、果てのない人生のヒントを与えてくれるような、そんな気がした。
そんな都会の街で久々に顔を合わせた高校時代の同級生らは、垢抜けた社会人になっていた。ぽっちゃり体形だった女子が、スレンダーな都会の美人になっていた。別れ際、この発車音を背景に電車の窓の中で去って行く彼らの顔は、自信に満ちていた。みんな、新しい人生に踏み出しているんだ。俺も頑張らなけりゃならないな。
多分、これから職場という戦場に向かう人も、仕事を終えて危機的状況の我が家へ帰る人も、この発車音によって力づけられ、慰められたのだと思う。それは、その時まだぎりぎり青春時代にいた私にとっても同じだった。
しかし、そのハープのような発車音は、短期間で姿を消し、量産された今の発車メロディに変わってしまった。
にっぽん奇行 取って代わった発車メロディは、そんなに心に響いてこなかった。そもそも、電車が発車する時の警告音という要素がかなり薄まってしまった。なので、発車メロディを聞いても、人々は全く慌てなくなってしまった。
北陸地方では、とっても落ち着いた心地の良いメロディがホームに流れている。目を閉じて聞き入ってしまう、子守歌のようなヒーリングメロディだ。そのヒーリングメロディが流れるホームを、ものすごい勢いで特急サンダーバードが轟音で走り抜けて行った。ああびっくりした。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”