「紀行文を書いてよ」と頼まれた気がして、2020年3月から半年ほどかけて連載した「にっぽん奇行」が完結して1年が経ちました。相変わらずこの国では、外出を自粛しながら静かに過ごす日々が続いています。
そこで、1回限りのはずだった「にっぽん奇行」の続編を書きながら、全世界の人々が心配なく暮らせる日々を待ちたいと思います。
(第1回)「旅」のはじまり
東京駅を出発した湘南電車は、ゆっくりとした足取りでホームを離れて行く。決して先を急がない優雅な速度のまま、赤煉瓦の東京駅との別れを効果的に演出してくれる。すぐ隣を行く薄緑の山手線が、短気な若者のように急加速で追い抜いて行く。

さっき気負って追い抜いて行った山手線が急減速をしているのを横目に、素知らぬ顔で有楽町駅の脇を通り抜ける。
やがて新橋駅に滑り込み、湘南電車は扉を開ける。新橋駅を出たあたりから、ようやく気持ちの整理をつけたのか、本気の走りに入り、浜松町駅を通り過ぎる頃には、さっきまでちょっかいを出していた山手線は、もうその視界からは消え去っている。
そんな湘南電車も、今では「上野東京ライン」とか「湘南新宿ライン」とか、聞き慣れない名前を付けられている。
私が子供の頃、山手線や京浜東北線の「国電」に対し、遠くに行く電車は「列車」と呼ばれていた。何が違うのか。「列車」には向かい合わせの座席があって、旅情溢れるツートンカラーで、時に2扉の急行形電車が混じってきたりした。
いつの頃からだろう。JRになって、「国電」の呼び方が消えた頃からだろうか。「列車」が「電車」に変って行った。銀色の電車で、内向きのロングシートで、扉も4つに増えた。

どうしてゆっくり発車して行くのか。それは、昔「列車」は「汽車」だったから。機関車が牽引する客車列車は、急加速や急減速ができない。それでも構わない。駅間距離が長いから、「国電」みたいにせわしなく加速しなくても、品川に着くのはずっと早い。横浜に着くのはもっと早い。
そんな「列車」の雰囲気を21世紀の現在に味わいながら、やんちゃな山手線や京浜東北線を見下ろしてやろうとして、2階建てグリーン車に乗ってみる。横浜までのほんの30分の優雅なひと時。汽車の遺伝子を味わえる数少ない瞬間を楽しみながら。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)
(つづく)