にっぽん奇行


もし「紀行文を書いてよ」と頼まれたら、どんな紀行文を書けばいいんだろうか。実際に頼まれたわけではないのだけれど、ちょっと心配になってしまったので試しに書いてみました。

(最終回)乗り物酔いにつける薬はない

色々な土地に行ってきたし、交通機関に興味があったりするので、乗り物酔いすると言っても、あんまり信じてもらえない。でも、小さい頃はもちろんのこと、大人になってからも冷や汗をかいて我慢することが何度もあった。
なので、進学するときも就職するときも、ラッシュの電車やバスで通うことのない場所を選択し、これまでその通りに生きてきた。
あんなに乗り心地のいい新幹線でも、これまで3回ほど酔ったことがあるし、飛行機で出発直後に離陸態勢に入ったあたりで酔いを自覚した時は、絶望感が襲った。安定飛行に入るまで、トイレに立つことはもちろん、リクライニングを倒すことも出来ないからだ。
ただ、段々と乗り物酔いをするシチュエーションも分かってきた。早起き、寝不足、空腹の3拍子が揃うといけないようだ。
にっぽん奇行 学生の頃、春休みに夜行列車を早朝に降り、朝飯も食わずに寄り道をした後、名古屋行きの通勤電車に乗り込んだ。こっちは春休みだが、社会人に休みはなく、電車は混んでいた。吊革につかまって立っているうちに、気分が悪くなってきた。でも、次の行程が詰まっていて、途中で降りることはできない。斜め前に座っていた人が途中で降りた。当然、その正面に立っていた紳士が代わりに座った。
「済みません。気分が悪いんで、代わっていただけますか?」
紳士は驚いて席を代わってくれた。
お礼を言って座ると、前傾姿勢を取り、できるだけ気持ち悪そうな態度を取った。周囲からの同情の視線を痛いほど感じた。今から思えば「遊びに来て、ラッシュ時の電車に乗って、その上酔ってんじゃねーよ」という視線だったんだと思うけれど。
乗り物酔いをする人間の気持ちは、そうでない人にはなかなか分かってもらえない。「酔い止め薬飲みな」とか「酒で酔っちゃえば治るよ」などと言われるだけだ。だから他人には相談しない。
当然、乗り物の中で本や新聞は読めない。最近、電車に乗るとほとんどの人がスマホを睨みつけているが、それも出来ない。新幹線や高速バスでWi-Fiサービスが増えてきたが、接続の設定をしているだけで酔ってしまう。
そうなると、できることは、窓の外を見ること、食べたり飲んだりすること、そして寝ることだけだ。通勤電車のような車内でできることは、寝ることしかない。
幸い、電車やバスの揺れに任せて目をつぶっていると、よく寝られる。
にっぽん奇行 電車の中で居眠りをしていたら、いつの間にか夢を見てしまって、隣りの人から「紀行文を連載してくれませんか」と頼まれた。
「え?いつからですか?」と聞き返すのと、浅い眠りから目覚めるのとが、ほぼ同時だった。
だから、首だけは左を向いてしまって、言葉は何とか飲み込んだ。
隣りの人は、いきなり見つめられてギョッとしたようだったので、こっちもわざとキョロキョロと周りを見回したりして、その場をごまかした。
「どんな本に紀行文を書けばいいんだろう」
その答えを聞き出すために、もう一度目をつぶって、夢の続きを見ようとしたが、再びその人に会うことはできなかった。
電車は終点に到着し、皆が先を競うように立ち上がった。私も続いて降りようとしていたら、座ったまま気づかずに寝ている人がいた。起こしてあげようか。いやそのままにしておいてあげよう。
多分、この人は今夢の中で、何か大切なことを頼まれたり、何か大切なことをお願いしたりしているのかも知れないのだから。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(おわり)


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80s岩手県のバス“その頃”