にっぽん奇行


もし「紀行文を書いてよ」と頼まれたら、どんな紀行文を書けばいいんだろうか。実際に頼まれたわけではないのだけれど、ちょっと心配になってしまったので試しに書いてみました。

(第4回)甲府のラーメンはまずくない

1970年代に「俺たちの勲章」というドラマがあった。松田優作と中村雅俊の演じる刑事が、捜査のために毎回どこかに出張する。その第1話の舞台が甲府だった。
にっぽん奇行 まだ中央自動車道が富士五湖線しかない時代だから、当然、二人は新宿から中央線に乗って甲府に向かう。甲府駅に降り立った二人は、地元の警察署に向かうのだが、松田優作だけはラーメンを食ってから、少し遅れて到着する。そこで、「甲府のラーメンはまずくてな」と一言。それを聞いた所轄署刑事役の中谷一郎が「それはお前がまずいところで食ったからだ。甲府を馬鹿にするな」と一喝。なるほど、地元民の立場としては、当然の反論だ。
しかし、甲府に来ておいて「甲州ほうとう」ではなくラーメンを食べるというのが、テレビ番組としては潔(いさぎよ)い。大体のテレビドラマの地方ロケでは、スポンサーとか地元の協力が不可欠なので、無意味に名所を巡ったりするが、このドラマの第1話では、昇仙峡にも行かないし、舞鶴城公園にも行かないし、甲州ほうとうも食わない。
そういう潔さは、私も持ち合わせているつもりだが、こと食べ物に関しては、地元のおいしいものを食べたいという素直な感情が先立ってしまう。甲府駅に降り立つと、どうしてもほうとうの店に入ってしまうし、中央自動車道のサービスエリアでは、持ち帰り用のほうとうを探してしまう。
甲州ほうとうは、コシのある太い麺が特徴で、その歯ごたえがうどんとは根本的に異なる。また、カボチャを入れるのがアイデンティティになっているらしい。
小麦粉を練った系の地方食では、東北南部に「はっと」とか「はっと汁」とか呼ばれるものがあり、これが地域によっては「はっとう」と呼ばれるというから、「ほうとう」との関連性を想像してしまう。さらに北に行き、岩手県には「ひっつみ」というすいとんのような食べ物があり、これも商品によっては平たい麺のようになっている。味噌で煮るのか醤油で煮るのかとか、豚肉を入れるのか鶏肉を入れるのかなどの違いはあるが、日本人のソウルフードとして、根底は共通であるような気がする。
にっぽん奇行 「俺たちの勲章」では、事件を解決した二人の刑事は、また中央線の列車に乗って帰ってゆく。その時、地元の刑事が、岡持ちを持ってホームに現われる。本当においしい甲府のラーメンを持って来たのだ。二人はそれを受け取り、列車は発車する。列車の中でラーメンを食べた場合の、周囲の乗客の反応はいかばかりか。そして、食べ終わったどんぶりはどうするのだろう。
多分、どんぶりは、そのまま座席の下に押し込まれて終わりだろう。1970年代くらいまではそれが当たり前だった。食べ終わった駅弁の殻とかも、座席の下に押し込むのが当然のルールだった。
また、座席に座れなかった客は、新聞紙を敷いて列車の床に座った。終点では、その新聞紙が床に散乱したまま、乗客がいなくなる。それが当時の当たり前の光景だった。
そう考えると、現代の日本人は、なんと清潔で上品になったことだろう。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”