にっぽん奇行


もし「紀行文を書いてよ」と頼まれたら、どんな紀行文を書けばいいんだろうか。実際に頼まれたわけではないのだけれど、ちょっと心配になってしまったので試しに書いてみました。

(第2回)ニポポに後ろ髪を引かれる道東旅行

初めて北海道の大地に足を踏み入れたのは、大学4年生の冬だった。つまり、今で言う卒業旅行である。男女取り混ぜて、友人数人での旅行だった。
目的地がどのようなものだったかは覚えていないが、摩周湖を見たから、道東方面を旅したのだと思う。しかし、帰りは青函連絡船に乗ったから、北海道を東から西まで横断したことになる。
天気も良く、「霧の摩周湖」が晴れ渡っていたのは、運が良かった。もっとも、摩周湖が晴れていると、カップルは別れるというジンクスがあるらしい。確かに、その旅行でもカップルが1組あったのだが、卒業に合わせて別れたらしい。
にっぽん奇行 だからと言って、ジンクスが当たるというわけではない。大体において、カップルというのは別れるものだ。
人生の中で、別れた人数と別れてない人数を比べたら、別れた人数の方が圧倒的に多い。今の奥さんのほかに、過去からの複数の恋人と交際を続けている人を除いて。
従って、これはジンクスなんかではなく、確率論なのだ。
晴れ渡った摩周湖を見た記念に、JR北海道のオレンジカードを購入した。1980年代の観光アイテムの代表格がテレホンカードとかのプリペイドカードだった。絵柄が思い出になるし、料金の支払いにも使える。もっとも、カードフォルダにしっかり保存されていたオレンジカードに、使用した形跡はない。もったいないことをした。
摩周湖に行く前に、川湯温泉の駅で降りた記憶がある。路線バスに乗ろうと駅前のバス案内所に行ったところ、「その人数なら、レンタカーの方がお得ですよ」と勧められた。
「じゃあレンタカーにしよう」と多数決で決まった。
バスで行く予定を立てた私にとっては不本意だったが、バスの案内所でレンタカーも案内できるというのは、新鮮な驚きだった。これから社会人になるに当たり、このビジネスモデルは必ず参考になる・・・と、うら若き青年であった私は胸に刻んだ。
にっぽん奇行 もう一つ北海道の名物に流氷がある。でも、その年の流氷は漂着が遅く、見られなかった。その代わり、手元にオホーツク流氷館のテレホンカードが残っていた。こちらはしっかり使い切った穴がある。
お土産品で言えば、アイヌの木彫りの人形であるニポポが気にかかった。手頃な大きさのニポポが売っていたので、買おうか買うまいか迷った末、買わずにその場を後にした。
次の目的地に移動する途上で、友人から「ニポポ買わなかったの?」と聞かれた。そう聞かれた途端、買わなかったことが大きな後悔として、うねるように私に襲いかかってきた。
次の立ち寄り地で、ニポポを買おう。そう決意したのに、次の場所にはニポポは売っていない。道東観光を終え、列車に乗るための駅の売店にも、ニポポは売っていない。
ニポポを買えないまま、列車は札幌方面に進み、本場の札幌ラーメンを食い、最後は函館に到着し、青函連絡船に乗って本州に帰りついてしまった。
友人はまた「ニポポ買えなかったね」と、私の後悔を余計にあおるような言葉をかけてくれた。
今度北海道に行くことがあったらニポポを買おう。そう決意しながら、30年以上たった今も、私はニポポを入手できていない。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどですが、今回だけは本文に書いた実物です)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”