にっぽん奇行


もし「紀行文を書いてよ」と頼まれたら、どんな紀行文を書けばいいんだろうか。実際に頼まれたわけではないのだけれど、ちょっと心配になってしまったので試しに書いてみました。

(第1回)紀行文を依頼された

通勤電車の中で居眠りをしていたら、いつの間にか夢を見てしまって、隣りの人から「紀行文を連載してくれませんか」と頼まれた。
「え?いつからですか?」と聞き返すのと、浅い眠りから目覚めるのとが、ほぼ同時だった。
にっぽん奇行 だから、首だけは左を向いてしまって、言葉は何とか飲み込んだ。
隣りの人は、いきなり見つめられてギョッとしたようだったので、こっちもわざとキョロキョロと周りを見回したりして、その場をごまかした。
「どんな本に紀行文を書けばいいんだろう」
その答えを聞き出すために、もう一度目をつぶって、夢の続きを見ようとした。
確かにここ最近、遠くに行くことが多くなった。「バスのカラーリング」というページを作っている間は、頂きものの写真だけでは材料が揃わないため、北は北海道から、南は沖縄まで、短期間に飛び回ってしまった。
しかし、紀行文を書けと言われても、世の中でお金をもらって文章を書いているライターさんのように、人に紹介できるような旅行はしていない。そもそも、旅行をしているわけではない。目的があって、その手段として乗物を使って移動しているだけだ。だから、目的が達成できると、1秒でも早く列車に乗って、一目散に家に帰る。
よく「せっかく来たんだから、あそこにも行こう、これも見よう」という人がいるが、余計な時間を使ってもったいないと思う。さっさと帰ればいいのにと思う。
若い頃、京都で友人の結婚式があり、参列した別の友人と、翌日の半日を京都散策で過ごすことにした。
彼は「京都だから行くとしたら寺でしょ」と言うが、私は「寺なんか行ってもつまんないから、山の方行こうよ」と言った。彼は、ちょっと不服そうな、困ったような顔をしていた。
「山というと、嵐山かあ」と彼は言い、私はそれに従った。
しかし、結局、行った先の嵐山で、彼の案内で寺を巡ることになった。なんだか割り切れない気分だったが、彼は、両方の意見を取り入れた最適な采配をしたということだろう。
そんなわけだから、私は人と一緒に旅行をするということはまずない。一緒に旅行して、両方が満足する楽しい旅行ができるわけがないのだ。
にっぽん奇行 友人と一緒に旅行したのは学生時代までのことだ。そのときだって、何日か一緒にいると、お互いの不平不満が募って、険悪な雰囲気になる。険悪にならないように、極力相手に合わせて行動すればいいのだが、若さもあるし、目的に満ちた趣味の旅行なので、うまくはいかない。
「俺はあっちに行きたい」「俺はこっちだ」「じゃあ勝手にしろ」となる。
一方、団体旅行のように目的が希薄な旅行に誘われた時は、自分の意思を一切出さず、人の言うままに行動し、時が過ぎるのを静かに待つようにしている。
そんな私に、読み応えのある紀行文など書けるわけがない。
夢の中で私に依頼した人に、そう伝えようとしたけれど、再び夢の中に入ることはできなかった。
(画像はほぼイメージで、本文とは関係ないものがほとんどです)

(つづく)


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80s岩手県のバス“その頃”