あの夏の日、夢に見たこと。

朝陽に見た夢・・・お隣りの県から

高速バスや中距離バスで、近隣県から岩手県に乗り入れてくるバス会社もあります。それらの会社では、岩手県にはない車種が導入されていたりします。
変った車両をどんどん岩手県内に送り込んでほしい。そんな期待を込めた妄想です。

高速バス「あすなろ号」の弘南バスのエアロバス
弘南バス 三菱P-MS725S(1987年式)
弘南バス

岩手県内には三菱のユーザーがほとんどなく、従って、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで貸切バス界に勢力を伸ばしていた三菱エアロバスを目にする機会もほとんどありませんでした。
エアロバスを導入する可能性があるのは、高速バスで盛岡に乗り入れてくる弘南バスくらいです。しかし、その弘南バスも、高速バスではいすゞと日野しか導入せず、エアロバスを見せてくれる機会を与えてはくれません。
次の新車はぜひエアロバスを・・・そんな願いは結局叶いませんでした。

高速バス「みちのく号」の秋北バス平ボディ
秋北バス いすゞP-LV219Q(1985年式)
秋北バス

秋北バスは、1985年まで高速バスを平ボディで新車導入しており、国鉄バスや岩手県交通と同じく、LVでありながらモノコックボディという残念な姿でした。
私自身、岩手県を離れてから知ったことですが、同時期に国際興業(大阪)や三重交通では、“上高地仕様”と言われる平屋根車を、ハイデッカーⅤ型の改造車体で導入していました。
価格の違いは分かりませんが、このスタイルで導入していれば、受ける印象は大きく違ったと思います。
この姿は実現はしませんでした・・・と言いたいのですが、実は後年、国際興業(大阪)で使用されていた車両が、秋北バスに譲渡されてきて、これと似た姿は現実のものとなったようです。

東日本急行が仙台−盛岡間を復活
東日本急行 日野K-RV541P(1980年式)
東日本急行

国鉄は、盛岡と仙台を結ぶ東北本線の快速「くりこま」を、1985年のダイヤ改正で廃止。廉価で速い仙台への足を失った盛岡の貧乏学生は不平たらたらでした。
それなら、かつてこの区間に特急バスを運行していた東日本急行が高速バスとして復活すればいいのに。そして「くりこま」の愛称もそのまま頂いちゃえばいいのに。車両は貸切バスの格下げで十分だし。
という夢は、1989年には「アーバン」として実現したようですが、高速バスブームの真っ只中のこと、起終点各社が参入して、東日本急行の独占にはなりませんでした。

急行田沢湖線の羽後交通フルデッカⅡ
羽後交通 三菱K-MS615N(1981年式)
羽後交通

“その頃”、羽後交通では、田沢湖から盛岡まで急行バスを運行しており、盛岡で羽後交通の路線バスを見ることができました。1986年には、メトロ窓の観光タイプの車両に置き換わり、グレードがかなりアップしました。
次の段階としては、ハイデッカータイプの乗り入れ、そして可能であれば、岩手県では少数派の三菱車が来てほしいとの思いがありました。
1986年に1978年式が格下げされていたので、もう少し我慢すれば三菱フルデッカⅡを見ることも出来るのではないかと期待していました。

クリスタル・奥入瀬
十和田観光電鉄 いすゞP-LV219S(1986年式)
十和田観光

1985年に東京の東都観光バスが開発したガラス張りの「クリスタル号」を、十和田観光電鉄が採用したとの設定。
天井と側窓下がガラス張りになっていて、眺望に優れている点が売り物。
同時期に国鉄バスが青森〜十和田湖間に運行を開始したパノラマバス「おいらせ号」は、天井に窓のあるバスでした。しかし、十和田観光電鉄の路線である三沢、十和田市から十和田湖へのルートのほうが奥入瀬川に沿った正統派ルート。奥入瀬渓谷を望むのなら、天井よりも下を見ろ、とばかりに、十和田観光が反撃を始めたのです。

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80s岩手県のバス“その頃”